301~
たんけんとなれ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
剣が、ふたたび折れた。
竜を払うために剣が、いま手もとにない。
そのため、大きな竜を払う依頼は引き受けられない。いまは、とある島にかりている家で、待機している状態だった。
折れた剣の刃は回収してある。それを食台の上に置き、眺めていた。竜払い用の剣は竜の骨で出来ているため、刃が白い。
少し前、べつの剣を折ってしまった。この剣は折れたその剣の代わりに、新しくつくったばかりだった。けれど、この剣も折れた。竜払いが、竜を払うために使う剣は、竜の骨で出来ており、高価な剣だった。竜の骨自体が、そうやすやすと手に入らないし、なにせ、竜を仕留めるのは難しい。仕留めるには、命懸けだし、お金もかかる。
だから、竜払いがいる。
まあ、それはそれとして、さいきん、新調したばかりの、あたらしい剣だった。高額な剣だった。
また、べつの新しい剣を手に入れるとなると、ふたたび高額の出費となることは、まぬがれない。
いいや、資金はまだどうにかなるとして、剣をつくってもらうには、腕のいい職人が必須である。生命を預ける剣である、つくる者の技量は重要だった。けれど、腕のいい知り合いの職人は、ここから遠く、海を隔てた大陸いる。頼んで、あたらしい剣を用意してもらえるまでには、時間もかかった。
しかも、つい、この前、あたらしい剣をつくってもらった。
それが折れた。
で、また、つくって、とお願いする。
頼み、にくい。
もしかして、この世界で、最高峰に頼みにくい頼み事なのでは。
などと、折れた刃を眺めながらそう思っていると、玄関の扉が叩かれた。
「ヨルさーん。郵便ですよ、ヨルさーん、ってばー」
扉越しに言われた。扉をあけると、島の配達人がいた。顔なじみで、放埓な白髪をした、男性である。
「はい、ヨルさーん、お手紙な」
と、手紙を渡される。
差出人は、竜払い協会からだった。
手紙を渡すと、彼は「じゃあね、ヨルさーん」と、いって手をあげて去って行く。放埓な白髪を、風に揺らしつつ。
おれは頭をさげた。そして、玄関先で手紙をあけて、目を通す。
その書面によれば、おれは竜払い協会から除名らしい。
除名。
不意打ちの通知だった。かなりの攻撃力のある文面である。やがて、風が吹き、波の音が聞こえだした頃、空を見た。
これでもかというほど、青く晴れている。
今日まで二十四年間を生きて来た。けれど、やられたことのない除名という攻撃に、うまく反応できずにいた。防御方法がわからない。心の立て直し方もわからない。
それで、しばらく、ずっと空を見ていた。
青い空だった。
「いかん、空があまりに気持ちよく晴れて青すぎて、発狂が似合わないぞ、今日は」
まいった。これが、どしゃぶりの天気だとか、雷が鳴り響いていたら、発狂しても絵になりそうだった。けれど、ここまで青い空で、しかも風もやさしい日だと、感情のまま狂うのも、気が引ける。今日は狂うには、空があまりにも青すぎる。
おれは、この大陸へは、竜払い協会の要請で調査のために派遣された。けれど、現地で除名された。除名の理由も書いてある。『諸事情により、除名とする』理由は書いてあるが、理由として、成り立っていない、そういう書き方だった。
さあ、どうしたものだろうか。息を吸って吐いた。
除名か。いや、竜払い協会を除名されたとしても、竜払いは出来る。個人で竜払いの依頼を請け負えばいい。この大陸の竜払いは、みんなそうだった。おれも前は、そうやっていた。協会の非所属になることは、竜払いの終わりではない。大きくいえば、元に戻っただけである。
けれど、それはそれとして、いま剣が折れている。竜を払うための剣もない。この状況と同時進行で、協会の所属も消えた。
どうしたものか。考えていると、また風が吹いた。
素の状態になった気分だった。いろいろなものが剥がれている気分だ。
そして、思いのまま。
「外の世界でも、みにいくか」
独り言をいってみた。じぶんでいって、じぶんで聞いて、悪くない感じがした。
「人が驚くほど遠くまで、行くとか」
三秒まで、頭の中に前なかった発想の登場に、しだいに、おかしくなってきた。笑ってしまいそうだった。
剣は折れている、あたらしい剣が手に入らないと、大きな竜は払えない。
いや、折れた剣の刃は残っている。なら、いっそ残った部分を加工して、まずは短剣にでもして。
ああ、そうだ、使っていた外套は、この前の竜の口から吐かれた炎に焼かれて、だめになった。あたらしい外套も手に入れて、あと髪も切ろう、髪も少し、おなじ竜に焼かれた。
で、竜を払いながら旅費を工面しつつ、ひたすら遠くへ。
無策に、ただ遠くへ。遠くになにがあるか、見たいから、ただ、それだけの理由で。
まてよ、そうだ、西へ向かってみよう。西には、見たことのない、大きな海と、大きな都市があるという。竜に三百年、焼かれていない都市が。
歩いてゆくか。
歩いてゆける、距離ではないし、出来る気はまったくしない。
「けれど、やろう」
出来ないと信じている、じぶんを信じず、じぶんを裏切ろう。
決めると、より、おかしくなった。
よし、まずは、折れた刃で短剣をつくろう。竜が払える短剣を。短剣なんて、ほとんど使ったことがない。けれど、つくろう。無謀を生産して、抱えてしまおう。
はじまりだった。とつじょとしての、はじまりを迎えた。
そう思いながら、青空から書面へ視線を落とす。
文面を読み直す。
諸事情により、この書面を手にした時点で、竜払い協会を除名する。
ヨブ殿。
と、書いてあった。
しばらくして、おれは「そうか」と、いった。それから「けれど、空が青いせいだから」と、言い放ってやる。
すべては、この空のせいにして、はじめることにした。
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