けんのさび

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれは、この背中に背負った剣で竜を追い払っている。

 人が竜と遣り合うことは、必然的に命懸けになる。なので、竜払いに使用する剣は重要な存在であり、その手入れは絶対に怠れない。生命にかかわる装備の手入れは惜しんではいけない、それは生存率が減ることへつながる。

 この剣は竜の骨でつくられている、特殊な剣だった。そのため、鉄製の剣を扱うような、一般的な鍛冶屋へ持ち込んで手入れを頼むことできない。専門の職人に頼むしかなかった。

 ただ、旅先だと、どうしても、この剣が手入れ可能な職人をみつけるのが難しい。まず、竜払い用の道具を扱える職人の数は一般的な鍛冶屋の数よりはるかに少ないた、大きな町でも探すには時間もがかる。さらに、みつけたとして、その職人の腕前が良いとも限らない。

 まあ、いろいろがある。けれど、とりあず、いまはこの町でも職人たちの店が集まった通りまでやってきた。道の左右には、さまざまな職人たちの店が軒を連ねている。道幅に対して、人通りは多く、にぎわいがあった。

 人を避けながら通りを進み、剣を手入れできそうな店を探す。

「おーう、そこの、あんちゃん」

 すると、とある店の前で声をかけられた。相手は三十代後半あたりの男性である。頭巾を頭に巻き、眉毛がやや前方へ伸びている人物だった。

「あんちゃん、剣、どうだい? いいのあるよ、新品にしないかい? ああ、あと、剣の手入れだって承るよ、うちはねー、技術は確かさ、うん、値段も安いしね、ほら、ねえ、どうだいどうだい」

 客の呼び込みである。けれど、彼の店は一般的な鍛冶屋らしい。

 おれは「いえ、この剣は竜払いの用の剣なので」と、答えた。

「あー………ああ、なんだい、そうかい」

 その一言で彼はすぐに引き下がった。そして、すぐに通りかかった別の通行人へ声をかけるはじめる。

 おれの方は、ふたたび歩き出した。

 その矢先である。

「ヨルだな」と、声をかけられた。

 現れたのは二十代後半あたりの女性だった。おさげ髪を三十本くらい結って、吊るして、ゆらしたる。

 そして、腰には長剣を吊るしていた。

「ききっ」と、彼女は笑い続けた。「あんたに恨みはないが、その首にかかった賞金は、わたしがもらい受ける」

 彼女は、おれにかかった賞金を狙い、現れたらしい。

 で、おれが発言する前に、彼女はさらに続けた。

「覚悟しろ、貴様を斬って、この剣の錆びにしてくれる」

 言って、きき、と笑う。

 この剣の錆び。とか言い放つ人に、はじめて遭遇した気がする。

 いいや、のんきにそんなことを思っている場合ではない。賞金稼ぎに首を狙われるこの状況は、そこそこの一大事である。

 彼女は大量のおさげを揺らしながらいった。

「でも、ここは人がさすがに多い、道も狭い。どこか別の場所へ移ろうか」

 彼女の一方的に提案。

 その直後である。

「おーっと、なんだって、そこのおねえさん!」大きな声が差し向けられた。見ると、さっき、おれの声をかけた店の男性である。足早にこちらへ接近し、けれど、おれの横は通過して、彼女の前に立つ。「聞いたよう、聞こえたよー、ええ? 錆び? 剣の錆びかい? ねえ、剣の錆びって聞こえたよぉ、おねえさん、錆びか、そうか、錆びか、うん、だったらさ、うちの店で手入れどうだい、剣の錆びを、きれーに、落としますよ! ねえさん」

 いきなり勢いよく営業され、彼女は「あ、いや」と、反応に困っていた。「あの剣の錆び、って、あの………えーっと、いや、錆びてるというか、その………これから、こいつを斬って……つく錆びで………錆びの予定つーか………」

「んー、これから? いつつくの?」

「その、だから、これから………」

「つくの? え、錆? じゃ、予約してよ、つく予定あるなら、錆び。うちの店は、予約すると、割引だよー、得だから」

「え、だから、その………」

「それでそれで、実際、どれくらいで、つくんですか、剣に錆び」

「つまり、これから、そこの相手を、この剣で………えい、ってやったあとのなんで………」

「あー、じゃー、これから、ぱっ、とやちゃうんですね、この人を。ずばー、

っと、ね。はいはい、わかりました。ではね、えーっと、やっぱ、予約だけでも、やっときますか? あー、でも、あれかー、剣でやちゃったあと、そのまま、剣の汚れとか、長い間放置しとかなきゃ、錆びってつかないので………二か月後? とかの予約でいいですかね?」

「いや、ええっと………」彼女は営業の勢いに押される。そして、押し返せる気配もない。「いや、そういうのは、わたし、ちょっと………」

「まあまあまあまあまあまあ、まあまあまあまあまあまあまあまあ、いいじゃないすか、ね? ね? ちょっとだけだから、ね、ちょちょ、っとだけですむからさ」

 男性は至近距離での営業を継続させる。

「君ぃ!」

 そのとき、たまたま通りかかった若い男性がふたりの間に入り込だ。

「やめたまえ、彼女が困っているじゃないかっ」

 凛々しい口調でそう言い放つ。

 その数日後。

 おれを襲いに来た複数おさげの彼女が、ふたたび目の前へ現れて、こういった。

「ありがとうございます、あの時、あの人と運命の出会いを果たせたのは、ちょっとだけ貴方のおかげです」

 と、恋人が出来たことへの、お礼を述べた。

 むろん、おれには、その恩の心当たりは無い。

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