第3話 きし違いじゃが仕方がない
やっているニュースは、時代を振り返るコーナーなのか、どれも懐かしい。ネットの話題とか年金の問題とか、朧気ながら記憶にある。
そしてはたと気付いた。民放の番組がことごとく平日仕様だと。日曜にやっている番組ではない。今年の五月十一日は……土曜だったはず。いやいや、そもそも今日は七月七日、七夕だって!
よく見れば、出演者の顔ぶれも違うし、芸能タレントやアナウンサー、政治家が若返っている。
(まさか)
嫌な感じの汗をかいていた。ついさっきしたばかげた想像――寝ている間に手術された説を遙かに上回る、非現実的な説が浮かんで離れない。現状を説明するのにぴったりだと思う反面、そんなことがあるわけがないと、脳内でサイレンがやかましく鳴っている。
(もしかして過去に来ている? それも心だけ、精神だけ。この身体は自分とよく似た別の誰かの物で、器みたいな存在か?)
これも夢ならさっさと覚めよ。だが現実で、想像が当たっているのなら、何年前かを確定したい。テレビをしばらく見続けたが、年号が出る雰囲気になかなかならない。
携帯端末かパソコンがあればすぐなんだが、どちらもこの部屋にはないようだ。テレビの番組表を出してみたが、日にちが出るだけで、年号は表示なし。ただ、曜日だけは火曜らしいと知れた。
あとは年号だ。立ち上がり、紙のカレンダーを探す。カレンダーなら年が入っている物がほとんどだろう。どこかにないか?
あった。ライティングデスクの右奥に、小さな卓上カレンダーがあった。五月になっている。十一日は火曜日。年は、十五年前になっていた。
何の脈絡もなく、殺人事件の時効が連想された。何故、こんなことを思ったのかを考え、すぐに分かった。さっきテレビのチャンネルを切り替えているとき、公訴時効の延長を取り上げた番組があった。すっかり忘れていたが、来年から施行されるんだ。十五年前と言えば、自分がまだ小学生か中一だったっけか。それなら記憶が朧気でもおかしくない。社会のニュースなんかよりも、楽しいことがいっぱいあった。
我が身に起こっているであろう異変を棚上げし、ちょっぴり懐かしい気分に浸りかけたそのとき。
がんがんがん!と激しい音が、部屋に響いた。
突然のことにひやっとした。心臓がどきりとするのが分かるくらいに驚いていた。
音は少しの間を取って、また鳴った。
ノックだ。玄関の扉を激しく叩いている。よくよく耳を澄ますと、女性の声もしている。人の名前を呼んでいるようだ。
「きし先生! いないんですか? 遅刻ですよ!」
思わず「はい?」と返事したが、恐らく玄関戸の向こうにいる訪問者には聞こえないボリューム。
まず、遅刻というのは分かる。平日の火曜日で学校はある。先生と呼ばれるからには、この部屋の主も教師なんだろう。あ、いや、医者や弁護士等の可能性もあるけれど、まあ違うだろうな。
それでは“きし先生”とは私のことか? しかし、この十五年前の時代に、貴志道郎はまだ十二歳という年齢で、教師はやっていないし、やれない。私ではないことだけは確かだ。
「大丈夫ですか、きし先生? まさか病気じゃないでしょうね? 具合が悪いのなら私が診ますけど?」
訪問者はまだがんばっている。こちらがいつまでも出ないでいると、救急車か警察を呼ばれるかもしれない。
私は覚悟を決めて、応対に出ることにした。
玄関まで行くとスニーカー――これも見覚えのない物だ――を突っかけ、かかとを潰した状態で三和土に立つ。
「ああ、どなたですか」
いきなり開けるのも少々怖い。せめて相手の名前ぐらいは先に知りたかった。
「いたんですね? って、どなたはないでしょうが。
下の名前である“よしみ”を名乗ったのかと思い、焦った。下の名を呼ぶほど親しい女性が相手では、私がいくら頑張ってもぼろが出て露見するのは早いだろうと覚悟した。
だが、ちょっと考えると、それは妙だ。親しい仲にしては、言葉遣いが丁寧に過ぎる。名字が“よしみ”なのだと理解した。
「ああ、吉見先生でしたか」
一か八か、先生と付けて返事してみた。応答はない。
「ちょっと風邪気味でして、休もうかどうしようか迷っていたら、またうとうとしてしまったみたいです。ご足労をかけてすみませんでした」
「電話はどうされたんです? 三度ぐらい掛けたんですよ」
「あ、それは申し訳ない。多分、外れていたんだと思います」
適当に受け答えしつつ、心中ではこのまま帰ってくれないかなと願っていた。
つづく
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