第281話 見込み違いの肩代わり
神内の語ったことについて、自分なりに咀嚼を試みる。
「手を貸すことと強制介入、二つの境目がいまいち理解できていないが……要するに、さっきの矢の例だと、たまたま矢が外れるという偶然が一万回連続して起きたと解釈すればいいんだろうか。毒の方も事象は複雑そうだけれども、偶然の積み重ねという点では同じと言える。一方で、死んだ者はいくら偶然が重なろうが生き返らない。強制的に復活させるしかない、と?」
「そういうこと。で、ぶっちゃけてしまうけれども、私レベルが起こせるのは高が知れていて、まず偶然の重なる回数が制限されている。当然、あんまり頻繁には行使できないし、不自然すぎる偶然も禁じられているの」
「……その偶然の積み重ねによる奇跡の演出だが、私が頼んだら、一応検討してもらえるんだろうか?」
「いいわよ」
無理かなーと思って聞いてみたのに、あっさりとOKが出た。
そんな意外感に囚われる私の頭の中を読んだのか、神内の声がすぐに付け足してきた。
「だって、六谷直己を二〇一一年から二〇〇四年に送っただけで、無事に人生を過ごすはずの小さな子供が誘拐されるなんて……何にもしないでいるのは、寝覚めが悪い」
そんな良心の呵責に苛まれていたのなら、もっと早めに夢の中に現れて、指針を示してくれればいいのに。
まあいいや。願いを受け入れてもらえる余地があるんだったら、ちょうど案が浮かんだところだ。私は頭上の影に向けて言った。
「私がこれから誘拐事件の解決につながるヒント、調べるべき防犯カメラと、その根拠について紙に書く。神内さんはそれを風に乗せて、飛ばして欲しい。ある人物の足下に落ちるように。いや、顔に張り付くぐらいしなければ読まれないかな」
「それぐらいなら、お安いご用」
神内がにっ、と笑ったように思えた。
* *
聞き込みのために歩き回った二人は、いつものように遅い昼飯のために適当な店を探した。すぐに定食屋が見付かり、最短距離を行くために公園の中を突っ切ることにする。
「それにしてもよく分からないですね、犯人の奴」
刑事の三森が、同じく刑事の陣内に言った。
人を避けながらなので、二人の歩むペースはいくらか落ちる。夏休みに入ったせいか、公園内には親子連れが普段よりも多いようだ。小さな子供らが死角から走り込んでくる。
「分からないことだらけだが、おまえが言っているのはどれだ?」
早歩きをあきらめ、思惑者のハンカチを取り出し、額やこめかみに当てる陣内。三森は速度を合わせた。
「最初に要求を出してから、ずっと電話でやり取りするのかと思ったら、まさかの手紙。ずっと被害者宅や学校を見張っていて、我々の動きを察知したんでしょうか」
「いや~、それはないんじゃないか。誘拐未遂が頻発していたとはいえ、犯行そのものは同じ手口で、目撃者情報も似たり寄ったりだ。単独犯と見るのが妥当だろう。さらった子の面倒を見る役が一人、共犯・従犯、あるいは知らぬまま手伝わされている者が存在するかもしれないが、誘拐の実行犯は一人だと睨んでいる。単独犯が被害者宅なり学校なりの近くに居を構え、ずっと見張っているというのは動きに制約がありすぎて、脅迫電話も脅迫状も出している暇がないんじゃないか」
「なるほど……」
百パーセント納得したわけではなかったが、一応の筋は通っている。三森は首肯し、「だったらどうして途中から手紙に」と根本的な疑問に戻った。
「誘拐事件のときの警察の動きぐらい、犯罪者連中だってお勉強済みってことだろう。おおよその当たりを付けて、連絡手段を切り替える予定だったんじゃないか。わざわざ学校に電話して、被害者宅の番号を聞き出そうとしたのだって、ポーズかもしれん。この犯人はこの先ずっと、電話で連絡してくるに違いないと思い込ませるためのな」
「手紙で来ると分かってからは郵便物の方も警戒していたら、今度は隣の家に投函されるという念の入れようですしねえ」
「恐らく電話もその手を使うつもりだったんじゃないか。両隣のお宅はともに固定電話がなく、携帯端末使用者だから、犯人が電話を掛けても被害者宅の近くにいるとは限らないから断念した、とか」
「陣内さん、今日は随分と発想が柔らかいような」
「うむ。娘と遊んでやるために、色々とネタを仕込んでいるんだ。最近、娘は謎解きがお気に入りみたいでな。その手の問題を調べて集めている内に、俺の凝り固まった頭もほぐされて、柔軟になったのかもしれん」
いつもなら“頭が固い”的なことを言うと、そんなことはないと強く否定する陣内だが、今日はやけに素直だ。娘さんの話題につながったから上機嫌なのかなと三森は解釈した。
「そういや陣内さん。折角の非番に駆り出されて、ある意味残念でしたね。お嬢さんのために使うつもりだったのでは?」
「ああ。だがこういう仕事なんだから仕方がない。似たような年頃の子が被害に遭っているんだ、放っておけるか」
夏の暑い日差しの下、先輩の口から熱い言葉を聞けて、三森も気合いを入れ直した。
ちょうど、風が吹き始めた。熱くなり過ぎないようにという天の配慮か。
つづく
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