第280話 認識に相違あり
私はそれでも調子に乗って、憶測を言葉にまとめた。
「その児童は代表メンバーからの落選を、親御さんに言い出せなかった。交流行事の日まで代表児童であるかのようにふるまうと決めたんだろう。前年に代表を経験しているのなら、家族はリハーサルがあることも知っている。だからリハーサルの行われた休日に、学校に行くと言って家を出た。けれども、実際には違う場所に行ったんだ。だからどこの防犯カメラをチェックすればいいのか、家族も警察も分からなくなっている」
筋道は通った。けれども、変だな。これでは誘拐事件解決につながらない気がする。防犯カメラが役に立たないケースの説明になっている。
私は頭上に気配のする天の意志の反応を待った。
「惜しい。逆なのよね~」
「逆? 何が」
「代表を漏れたあと、しばらくの間は黙っていたのだけれども、結局は親に打ち明けているわ」
それだと全然惜しくない気がするが……。もう何度首を傾げたか分からないくらいに考えた。すると、窮すれば通ずというやつか、一つの道筋が見えてきた。
「リハーサルの当日、その子が出掛けたのは間違いのない事実なんだよな?」
「ええ」
「だったら、逆という意味が分かったぞ。その子は親御さんにはどこか別の場所に遊びに行くと言っておいて、実際にはリハーサルの様子を窺いに、学校に向かったんだ。代表じゃなくなっても、気になってたまらなかったんだ」
「ご名答」
声と一緒に拍手の音が聞こえた。影から拍手の音だけ聞こえるのは何となく不気味なものがある。が、ようやく言い当てることができてほっとする。
「そういうわけだから、あなたがすべきは被害児童宅から富谷第一小学校までのルートにある防犯カメラを調べるように、警察に言うこと」
「ちょっと待ってくれ。そうしたいのは山々なんだが、事件の関係者でもない私がそんな意見を警察に言えるはずない」
「匿名の手紙を出すとか、何かできるでしょうが」
「出せるけど、万が一にも怪しまれてはまずいわけで……もしも特定されて一時的にでも拘束されたら、天瀬のピンチのときに対処できない」
「小さな子の人生が掛かっているのよ。天瀬さんだけ助かればいいの?」
「そう言われると弱いが。いっそあなたが手紙を出すなり、電話するなり好きにすればいい。すべてを私任せにしないでくれ。解決の糸口に気付いたのは私という人間なんだからかまわないだろ。それとも神様は人間界の物質に触れられないとでもいう掟があるのか?」
警察への直の情報提供はどうしても避けたい。だからお願いするつもりだったのだが、ちょっと皮肉、嫌みを効かせてしまった。自分とは関係性が薄いトラブルまで押し付けられている、そんな圧がたまらなかったのだ。
「ないわよ、そんなもの。神がそこまで不自由であってたまるもんですか。可能な限り、人間の世界での出来事は人間に考えさせ、解かせるという大原則に沿って我々は動くだけ」
神内(今回は声だけだが)は多少ヒステリックな調子になりながらも、冷静に原理原則を説いてきた。私はその文言を噛み締めながら考えてみた。
「……奇跡は起こせないのかな。たまたま捜査員の一人がぱっと閃くとか、偶然にもヒントになるような似た筋書きの小説を読むとか」
「奇跡は安くないの。そういうのは奇跡とは言わない」
こちらを小馬鹿にしつつ、不服そうな口調になる天の意志の声。
「じゃあ、思いっ切り奇跡らしく、天からお告げが降ってくる」
「見解、認識に相違があるわね。あなたが今言っているのは強いて分類すれば、私達が執る最終手段、強制介入に過ぎない。奇跡とはたとえば、三畳ほどの広さに生身で立っていた人間が一気に一万本の矢を射かけられるというような確実に命を落とす状況を、まったくの無傷で切り抜けること。あるいは、為政者を狙った服用毒が為政者の口に入るまでの間に、熱や湿気、振動等によってわずかながら弱毒化し、さらに為政者自身の体質、その日口にした他の食べ物の成分が内臓に残存する等の条件が重なり合って、毒がまったく効かなかった。これらの場合を奇跡としているの」
「あれ? 死者の復活や難病の治癒、ごくわずかな食べ物を何倍にもするっていうのは入らないのか」
「その三つは、さっき言った強制介入か、もしくは人間の勘違いよ」
「勘違いって」
つまるところ、死んでいないのを死んだと誤判定したとか、人間に元々備わっている自然治癒力とか、かったいパンしか作れなかったのがたまたまイースト菌が入って何倍にも膨らんだとかか?
「ちなみにだけど、死んだものを生き返らせる強制介入は、まずやらないから。この度の修正を無理矢理手伝ってもらっているあなたに対してもそれは同じ」
大型車両に跳ねられたところを救われた気がするんだが、元々、あの事故では私は死ななかったってことか。
「結局のところ、私達の見解では奇跡とは偶然の積み重ねによって起こるもの、起こせるものを言うの。その偶然が連続的に重なるよう、ちょっと手を貸すことはあるけれども、強制介入ほどではないわ」
つづく
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