第279話 思惑とは違うけれど出て来た

 電話を終えたあと、観戦が二ヶ月から三ヶ月も先なのはさぞ待ち遠しいだろうな、神内を呼び出して、売り切れたというチケット二枚を何とか手に入れられないか頼んでみようかな、などと愚にも付かないことを思った。

 六谷へどう知らせるかは時間帯も考慮して、とりあえず翌日に先送りした。交流行事が延期になりそうな見込みだとは言え、面談がある。“本業”の準備に精を出さなくては。


 その夜、眠りに就くや否や起こされた――ような感覚に襲われた。

「起きて、貴志道郎。それとも岸先生と呼ばれるのに慣れた?」

 いや、発音はどう転んでも一緒だろ。心の中でつっこんでから起きる。

「……神内……さん」

 布団の上で身体を起こしたつもりだったが、なんとなーく、感覚が異なる。例によって例のごとく、天の意志の空間なんだなと理解した。それでも眠い目をこすりながら、声のする方を向く。この間の自称『できる女』の姿はなく、以前のぼんやりとした影みたいな存在がいた。

「何か。呼ぼうかなとちらっと考えたけれども、呼んでないよ」

 それともこの神様、私の実生活でも心を読み取って、チケットを確保してやろうと積極的に出て来たのか。そんなわけないな。

「まったく、のんきだわね」

 声の調子から、両腕を腰のサイドに当てたんじゃないかと想像した。不思議なもので、影の形もそう見えてくる。

「あなたがもっと深く追及すると思って傍観するつもりだったのに、簡単に引き下がるんだから焦ったわよ」

「引き下がるって何の話だ?」

「電話でしていたでしょうが。誘拐事件の話」

「……頭にまだもやが掛かってるんだが、その言い種、まさか誘拐事件は天瀬とつながっているのか?」

 疑いを声に出したことで、ようやく意識がはっきりし始めた。まだ完全ではないが、なるべく急いでギアを上げよう。

「現時点ではないわ。でも、今の内に誘拐犯を捕まえておかないと、ひょっとしたら次の犠牲者が出るかもね」

「穏やかじゃないな。要するに……西崎さんとの電話でもっと私が頑張っておけば、誘拐犯逮捕につながる手掛かりを得られていたとでも言うのか」

「ピンポン。なるべく急いだ方がいいだろうから、私の口から全部説明したいところだけれども、人間世界への介入は極力減らして、なるたけ人間の自発的な行動で問題解決に持って行きたいのよ」

 面倒なシステムだ。

「分かった。わざわざ出て来たからには、ヒントでもくれるのかな?」

「もちろん。あなたがあの電話で相手に尋ねるべきは、交流行事のリハーサルがいつ行われたのか、だったのよ」

「それ、たとえ思い付いていて聞いたとしても、西崎さんは知らないだろう」

「重要なことなんだから、向こうの小学校の関係者に改めて電話させてでも聞き出すべきよ」

「今ひとつ、理解が及ばない。その質問がどう重要なんだろう?」

「もう一つ、誘拐がいつ起きたかを想像してみればいいわ」

「想像でいいのか。だったら」

 富谷第一の誰かさんが西崎さんへ電話してきたのが今日、というか終業式のあった二十日。事件の早期解決が見込めず、交流行事の延期やむなしと判断を下すのに丸一日かかったとして。

「最短の場合、七月十八日かな」

「その日を含めて、候補はだいたい十七日から十九日に絞られるでしょ。この三日間は土曜と日曜と祝日よ」

「普通なら児童は家にいて、遊びに行くときも親に行き先を告げていくわな」

「それなのに、親が心当たりのある場所を警察に話しても、防犯カメラは空振り」

「……子供が嘘の行き先を言って家を出た?」

「子供が嘘を言うとしたら、その理由は何? 先生やってるんなら大まかにでも想像つくでしょ」

「具体的にはさっぱり分からないが、一般論で言えば大人、親に知られたくないからだろう」

「学校代表を外された小学生が親に隠して行きそうな場所って?」

「……分からん」

 首を捻る私に、唾を飛ばさんばかりの勢いで頭上から声が降る。

「それでも小学校教師? 情けないわねえ」

「待て。未熟な点があることは認める。だが、いくら何でも難問に過ぎやしないか。私はさらわれた子に関して何にも知らない。せめて担任だったら、その子の性格や当時置かれていた立場なんかを考慮に入れて、考えを推し進められるかもしれないが。こちとら何でもお見通しのあんた方とは違うんでね」

 カチンときたので、思い切り言い返してやった。なーに、今回の天の意志は私に誘拐事件解決の手掛かりを気付かせようとして現れたみたいだから、これくらいでは怒るまい。

「それもそうね。じゃあ……」

 案の定、ヒントのヒントを出してきた。

「富谷第一小では、岸先生のところとは違って、選ばれそうな児童に前もって声を掛けているの。前年の交流行事で活躍した子は次の年もっていうパターンが多い」

「つまり、被害に遭った子も候補であることを事前に知らされていたんだな。……学校代表になることを誇らしく感じており、正式決定する前に保護者に話していた、とかか」

「急に冴えてきたじゃない」

 認めてもらっても、あんまり嬉しくはない。ヒントのおかげだ。“親に隠して”行きそうな場所という前振りもあったし。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る