第405話 間違えられる内に間違えよう
私はそこに書いてある式に、改めて目を凝らした。
結局、式は(x+k)で一旦打ち止めとし、三点リーダーをいくつか連ねたあと、最後に(x+z)を記して終わっていた。うーん、大丈夫なのかこれ。
「再び数式問題を選んだかえ。さっきのとはまた毛色を異にするようだけれども」
「数式ではありますけど、今回はとんち問題として申請します」
「ふうん?」
ハイネと神内が目を合わせた。それから神内が「とんち問題かどうか、判断する必要があるわね。とりあえず、ハイネさん、あなたは少し離れたところまで歩いて行って、そこで後ろを向いて待つようにしてくださいます? 無論、今見た問題を考えてはいけません」
「しょうがないねぇ。考える考えないの以前に、出題内容が完全には分かってないから、大丈夫でしょ」
「文句はいいですから。あと、これして」
神内は何かを受け取ると気みたいに、右の手のひらを上向きにした。その途端にバケツ大の黄色い物体が二つ、そこに現れた。
「でかい耳栓だねえ」
「これから出題者と話すから、会話の内容が聞こえないようにしないと。ほら、フードを取って」
「はいはい。あんまり取りたくないんだがねえ、顔がスースーして気持ち悪い」
ハイネは私達の方に背を向けたまま、フードを降ろした。当然、その顔を正面から見ることは叶わない。ちらりと垣間見えたのは、ドクロにちょっとだけ肉付けしたような、貧相な中年男性。無精髭も見えた。ただ、もしこれで平均的な肉付きだったのなら、意外と二枚目かもしれないな。冷酷な悪役か、特撮戦隊物でナンバー2に位置するクールなタイプになれそうだ。
ちなみに耳栓は特殊な神様仕様らしく、ハイネが詰める仕種を続ける内に、きれいに耳の穴に収まった。
「さ、これでひとまず遮断できたわ。問題をはっきり聞かせてもらおうかしら」
神内が続きを求める。天瀬は上目遣いをして考え、文言をまとめたようだ。
「『この式の計算結果を、理由も併せて答えてください。なお、各項の演算子がプラスになるのかマイナスになるのかは、ある一定の法則に従っています。』というのが今回の問題です」
「……つまり、答えるべき理由とやらにはその一定の法則も含めなければいけない、という理解でいいのね?」
審判役からの質問に、天瀬ははいと即答する。
「どの辺りを持って、とんちと言いたいのかを知らないことには、判断のしようがないのだけれども、その判断はあなたが正解を示したあとでいいかしら。もし仮に認められないとなったら、ペナルティを与える場合があるのよね」
「えっと。わざわざお尋ねになるからには、先に判断することもできるんですよね?」
天瀬からの逆質問に対し、神内は、にまっ、と笑みを作った。
「その場合は、私に正解を耳打ちしてもらうことになるわ。信用してくれる?」
「えー? 耳打ちした正解が、神内さんから死神のハイネさんに伝わらない保証はないってことですか」
「客観的には、そうなるわね。それと引き換えに、ペナルティなしの方は保証するわ。出題はやり直しが認められる。カテゴリをとんちから変更してもいいし、別の問題に変えてもいい。無論、私は伝えるつもりなんて一毫も抱いていないわよ」
信じたいところだが、チームだもんな。神内は自身の言葉の通り、ばらすつもりはなくても、神内が聞いた内容をハイネが勝手に読み取ることができる、なんて能力があったら目も当てられない。
「じゃ、先に答を教えます」
「えっ」
天瀬のあっさりとした返事に、私は思わず声がこぼれた。こぼれついでに、言葉を掛ける。
「いいのかな、本当にそれで」
「きしさん、というより岸先生の方がしっくりくるな、私には」
振り向いた彼女は微笑しつつ言った。
「疑い始めたらきりがないじゃないですか。潔く、折り合いを付けましょう」
きりがないのは同意するが、潔くって、こっちが悪いみたいに聞こえるじゃないか。
「それに、冒険ができるのは今の内なんですよ。今なら一つ負けてもいいという気楽さがあります。……ほんとは、気楽ではないけど」
「なるほど……相手のやり方を見極めるには、今の内ってことだね」
もちろん私だってそれくらいの考えは頭にあったが、天瀬も同意見だったとは。ここからは口を挟まず、このクイズ勝負、完全に彼女に任せてよさそうだ。
「相談は終わったかしらね?」
神内が、主に私の顔を見ながら聞いてくる。私は両手を肩ぐらいの高さに掲げ、二歩、後退した。もう邪魔しないという意思表明のつもりだ。
「それじゃ天瀬さん、答を聞かせてもらえる? ハイネの陰気野郎が付けた耳栓は完璧で絶対に音が漏れ聞こえることはないんだけれども、気になるのなら耳打ちで」
ここまで「ハイネさん」とさん付けだったのが呼び捨てにし、さらに陰気野郎と形容するも、当のハイネの後ろ姿は特に動きを見せない。耳栓が音を完全にシャットアウトしているのは事実らしい。
天瀬もその意味を理解しており、「直に伝えてもいいですけど……うーん。本当に、疑い始めたら際限がないわ」と呟いて、ちょっぴり疲れたかのようにため息をつく。見守っていると、婚約者として声援を送りたくなってくるな~。
つづく
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