第404話 既存のパズルとちょっと違う?
「ほんとですよ」
ハイネの動揺を知ってか知らずか、天瀬の返事には“何を当たり前のことを言っているの”というニュアンスが込められているような。
「それじゃあたまたま、グリム童話が浮かんだというのか? あり得ないだろう、普通」
「普通なら多分、あり得ませんよね。だけど私、見たことあったから」
疲労感が過ぎ去ったのか、徐々に表情が明るくなる天瀬。
「くだんのグリム童話の一つを読んだことがあったという意味かい?」
「違います。私が見たと言ったのはそのままの意味で、要するにテレビで見たんです」
「テレビでグリム童話?」
「テレビアニメで、ですけど」
「テレビアニメだと?」
「はい。『まんが世界昔話』だったかな。タイトルははっきりとは覚えていないんだけれども、世界にある童話をアニメにして見せてくれる作品でした。凄く古い感じで、多分、夏休みとか冬休みの朝、再放送された物を目にした気がする。父か母、どちらかの実家でだったかも」
言われてみれば……私も思い出していた。自分が何歳のときだったかはさっぱり記憶にないが、そういうアニメ番組を目にした覚えはある。ただ、私が視聴できたのはその死神の話ではなく、ネズミが出て来ていたような。
「死神のお話はぞくっとする終わり方で、見た当時はとても印象に残って、確かグリム童話が原作だって出ていた記憶が……何だっていいわ、当たってよかった」
そして緊張から解放されたような笑みをなす。
とにかく、天瀬の運のよさは半端じゃない。恐らくそのアニメを全話視聴してはないだろう。休みの間だけというのであれば。その区切られた期間に、死神の話を見ることができたのもまたラッキーとしか言いようがないではないか。
「よろしい」
ハイネが改めて言った。
「まだともに2ポイント獲得の同点。次のそちらの出題に正解し、差を付けてから三回戦に進むとしよう」
自らに言い聞かせるような調子だ。地響きに似た声は、確かに精神の奥底にまでしっかり、じっくり届きそうではある。
「さて聞こうじゃない、人間からの二問目を」
「折を見ては考えていたんですけれども、決めかねていて。何しろ、神様からの二問目に答えるのにも頭を使わなければいけませんでしたから」
「ある程度の余裕は見てあげるわよ。勝負の形式を指定したのはこちらなんだから」
神内がすかさず言った。親切に聞こえるけれども、こっちからすれば当たり前だし、すぐに返事したのもうだうだしゃべっていないで問題を早く決めろ、と急かしているようにも受け取れる。私がひねくれてるのかな?
「たとえばなんですが、似たような問題を続けて出してもかまわない?」
天瀬は数式のパズルを再び出そうというのか。さっきは神様が膨大な知識の中から参考となる問題をうまく引き当てたから時間内に正解できた、と見なせば、同傾向の出題でチャレンジするのは悪くないかもしれない。
ただ、死神のことだからすでに対策を講じている可能性がある。加えて、一問目のときの“脳内検索”ですでに数式パズルの事例をたくさん見ているはずだ。二度目はあっさり正解されるんじゃないか。
「面白味を欠くけれども、禁じるルールはないからね。どうぞご自由にとしか言えないわ」
「でしたら……」
天瀬は天井を見上げて、しばし考え、やがてノートに書き始めた。私は読める距離まで近付き、肩越しに覗き見た。
天瀬が考え考えしながら書いているのは、
(x-a)(x+b)(x+c)(x+d)(x+e)(x+f)(x+g)(x-h)(x-i)(x+j)(x+k)
という数式の一部だった。続きを書くか否か、迷っている様子で鉛筆が止まっている。
それにしても、今回の問題は感心しないぞ。
これってよくある引っ掛け問題をちょっぴりいじっただけじゃあないのかな。そのよくある問題というのが、次の式。
(x-a)(x-b)(x-c)………………(x-y)(x-z)=?
アルファベット二十六文字で表される個別の代数をxから引いたものをそれぞれ掛け合わせるといくらになるかという設問だ。
答は書くまでもないかもしれないが、ゼロになる。一応、理由の説明もしておくと、後ろから三項目、つまり(x-y)の一つ前の項を具体的に記述すれば(x-x)になる。当然、この部分は0になり、残りの項がいくつになろうと0を掛けるのだから、答は0になる。要は隠されている部分をしっかり思い描いて、実際に計算できるかどうかがポイントになる訳だ。
翻って、天瀬が出そうとしている数式パズルは、まったく同じ理屈の引っ掛け問題にしか見えない。マイナスばかりでなく、プラスを混在させたところが工夫なのは分かるが、何の目くらましにもなっていない気がする。
それ以前に、(x-x)の項をどうやって示唆するつもりなんだろう? プラスとマイナスのどちらになるか分からないんじゃあ、計算すると答はゼロ、に持って行けないのではないか。
そんな私の危惧をよそに、天瀬は「ここまででいっか」と呟き、ノートを立てた。
つづく
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