第406話 あれも違う、これも違う
「ハイネが芝居をしているって言いたいの? たとえ芝居でも、悪口が聞こえて、怒らずにいられると思う、あれが?」
神内はハイネが背を向け、かつ、耳栓をしているのをいいことに、指差して堂々とあしざまに言う。
「それもありますけど、口頭で伝えると、きしさんにも聞こえるでしょう?」
ん? 私にも関係する話なのか?
「きしさんが正解を知ったら、死神サンは私だけじゃなく、きしさんの反応も見て、答を探りに来るかもしれない。だったら正解を知る人はなるべく少ない方がいいんじゃないかなって」
答を知ったからと言って、それをハイネに見透かされることはないと思う。が、探りを入れられれば、多少は反応してしまうのも間違いない。敵にヒントを与えないよう徹底するには、天瀬の考え方が正しいと言えそうだ。
一方、神内は違うようだった。
「ふふん。ハイネはきしさんが答を聞いたかなんて分からないのだから、あなたの考え方はさすがに勘ぐりすぎ、警戒しすぎだと忠告したいところだけど、ま、そちら側の自由だしね。いいわ、耳打ちであなたの用意した答を教えてちょうだい」
そばまで行き、天瀬のいる方へ耳を傾ける神内。天瀬は席を立って、両手を添えてから囁く。当然、私のところまで聞こえるものではなかった。
「――それでおしまい?」
神内の反応。拍子抜けしたのではなく、あくまでも確認の問い掛けのようだ。
天瀬が首を縦に振る。さあ、神内の判断は?
「確かにとんち問題に含めてもいいかな。論理問題の側面も持ち合わせているけれども、パズルとしての肝はとんち、閃きに重きを置いているってところかしら。うん、いいわ。とんち問題として認める」
おっ、てことは次の一戦は10ポイントを賭けた大勝負になる。
「よかった。どうもありがとう」
顔を明るくして、敵に深くお辞儀する天瀬。天然な振る舞いなのか、承知の上でやっているのか、傍目からでは分からない。
「それじゃ、ハイネの耳栓を取らなきゃね」
神内はハイネのいる方へ足早に行き、背中に触れるなどの前置きなしに耳栓を左右とも引っ張り出した。
「ぅぉ。っと、ようやっと終わったんで?」
「終わりました。ハイネさん、これから問題を提示するから、よく見ておいてくださいね」
「言われなくとも」
左右の耳の穴を小指で順にほじりながら、元のように向き直ったハイネ。細長く伸びた爪が耳そうじに便利そうだなと、このときだけは感じた。
「では、もう一度問題を言ってくれますか、天瀬さん」
間を取らずに「ええ」と応じた天瀬は、再びノートを立てた。そして例の式を相手に見せつつ、問題文を言った。
「『この式の計算結果を、理由も併せて答えてください。なお、各項の演算子がプラスになるのかマイナスになるのかは、ある一定の法則に従っています。』――これが今度の問題になります」
「制限時間は規定通りとします」
「そいつは厳しいんじゃありませんかねぇ?」
ハイネが異議を唱えるが、神内は決然とした態度で頭を左右に振った
「いくらチームを組んでいるからと言っても、甘くはしません。ここは規定通りに行きます」
「理由を聞かせてほしいものですねえ」
「問題文を聞く前段階で、式そのものは目にしていたから。想像したり検討したりする時間はたっぷりとあったはず。その分を割り引いて時間を設定しなければ公平にならない」
「うーん、やむを得ませんようですねえ」
妙な丁寧語を連発して使っているのは、すでにハイネが思考モードに入っているからだろうか。
「似たような引っ掛けパズルならありますねえ。そこから類推するに、計算結果が0であるというのは揺るがないでしょうねえ」
しゃべりながら天瀬の顔を一瞥するハイネ。出題者の反応を窺っているのは明白だった。
天瀬としてもそこまでは予想通りの流れらしく、特段の感情の乱れは表面に現れない。「ご自由に考えてくださって結構です」とすました顔と声とで応じた。
「0になるのなら、後ろから三つ目の項が(x-x)にならなくちゃあいけない。xの項がマイナスになる理由を答えればいい訳だ」
ハイネはここで自分用のノートに書き付け始めた。
「式の左辺において明示されている、他にマイナスになっている項の記号が、a、h、iの三文字か。この三文字にxを加えた四文字に共通する何かを見付ければいいんですかねぇ?」
再度、探りを入れてくるハイネ。
今回もスルーする天瀬だが、切り返しの台詞までは出て来なかった。ハイネの推測が的確であることの証拠か。
「一筆書きできるかできないか、ではない。曲線が入っているかいないか、でもないか。線で囲われた箇所の有無でもないようだし……形ではなく発音かねえ? エー、エイチ、エックスは皆、最初がエだ。アイだけ異なるのが惜しい。なら母音という括りにすると……だめだね。eやfも含めなければならなくなる。何番目だからプラス、何番目だからマイナスという決め方でもなさそうだ」
仮説をつらつらと連ねるハイネ。私が思っていた以上に、論理的に思考するタイプだと分かる。
つづく
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