第319話 神とはちょっと違う

 そんな“上役”がきびすを返して部屋へ向かおうとするのへ、神内はこの際だからともの申した。

「あの、何を置かれようがかまいませんが、危なっかしいのだけはおやめください」

「危なっかしいとは?」

 足を止め、振り返るゼアトス。神内は若干の身振り手振りを交え、説明した。

「たとえば、不用意に降り立つと突き刺さるような類の物体です。先日のラフレシアの生け花、あれに使われていた巨大な剣山はもし踏んだら、足の甲を突き抜けます」

「そういうのもあったね。あれは臭いで驚かせようとしたんだ」

 悪びれないゼアトスに、神内は「もういいです」と小声で言って、部屋に入った。

 噴水のあるごく小さな池が左手にあり、奥には大きなデスク。右手には背の高い書架が林立している。気分次第で簡単に模様替えできるのであまり意味はない。書架にある古い書物や巻物などの記録が、この部屋で最も意味があると言えよう。

「君を呼んだのは、人間との四番勝負を行うことになる見込みだという例の話についてなんだ。先に聞くけれども、連中は本当にやると言っているのかい?」

 デスクの向こう側の椅子に座り、ゼアトスが尋ねてきた。真向かいに立った神内は用件の予想が当たっていたことで、内心ほっと一息つけた。

「確約には至っていませんが、その方向で物事は進んでいます」

「そうか。久しぶりだから何だか戸惑ってしまうな。かつて行われていたように、人間側が命を賭してくるのであれば設定もしやすいのだが、身の安全は保証した上での勝負となるとどうにもぬるくていけない」

「そう申されましても、今回そもそも六谷直己を二〇〇四年送りにしたのは、救済の機会と罰を試練として同時に与えるためであり、これ以上に危険な試練を課すには、それ相応の理由が……」

「講釈をしてもらわなくても分かっているよ。お遊びみたいなものだし、人間側にも勝ち目がそこそこなければならない。実に手間の掛かる作業だ。無論、こなすべき仕事だから私の責任で四番勝負についての設定は行う気でいるのだが、対戦するのは他の者に代わってもらうつもりでいる」

「よろしいのですか? ゼアトス様が行かれないのなら、人間側の勝ち目は多少なりとも高まるかもしれません」

「遊び半分の戦いの勝ち負けなぞ、興味はほとんどないんだが……まあ確かに、人間側が勝てば、我々の仕事が増えるんだよねえ。細々とした調整をして、えっと、六谷直己の彼女――九文寺薫子が無事でいられるようにしなければいけなくなる」

 神内は無言で首肯した。今ゼアトスが言ったことを自然な形でやり遂げるには、本当に無数とも言える手間を掛けて、あり得べき一点に事態を持って行かねばならない。一言で表現するなら、面倒くさい、だ。

(その上、あの貴志道郎のことだから恐らく、『他の人間を違う時代に送ったり、異世界に送ったりすることなしに、約束を果たすようにしてくれ』とかどうとか条件を付けてくるのはほぼほぼ目に見えているのよね)

 さらに面倒くさい事態を今の内から思い描いて、密かに嘆息する神内だった。部下のそんな心情を知ってか知らずか、ゼアトスは目を瞑り、思案投げ首の体で語りを続ける。

「だから代理に立てるのは勝負強い者だな。君は前にえっと、岸未知夫の肉体に入った貴志道郎にしてやられているため選びづらいんだが、彼と再度相まみえるつもりはあるのかね?」

 急に目を開いたゼアトスにじろりと見据えられ、神内は答えるのがほんの一瞬遅れた。

「――私はご指示に従うまでです。が、勝負する意思の有無を問われたのでしたら、はいとお答えします」

「なるほど。結構だね。こちらからも二名を出すことになるかもしれないから、その場合の一名は君にしようかな」

「もう一名のお心当たりはあるのですか」

「あるよ。命の危険がないとは言え、人間側には多少なりとも恐怖してもらわないとつまらない。そこで招集を掛けたのが――」

 ドアの方へ視線を振ったゼアトス。つられて神内が振り向く――またもやぎょっとさせられた。

 そこには漆黒の闇のような者が立っていた。黒みがかかった焦げ茶色のフード付きマントを羽織った、猫背の老人……いや、若者か? 見た目からの年齢は判然としない。

(いつの間に。ドアを開け閉めした気配はなかったのに)

 空唾を飲み込んだ神内はゼアトスの顔を窺った。

「ゼアトス様。お言葉になりますけれど、本当にいいんですか」

「別に問題なかろう。彼も神には違いない」

 ゼアトスは右手を返して、闇のような者――死神の方を差し示した。

 魂を刈り取るという大鎌こそ携えていないものの、そのなりと発する雰囲気で、初見の者であってもこいつは死神だと分かる。

「お初にお目に掛かります。ハイネと申します」

 フードを外し、神内に対してゆっくりと一礼をしたかと思うと、すぐさま面を上げた死神ハイネ。落ちくぼんだ目に見上げられると、神の一員であってもぞっとする。深くて暗い穴に吸い込まれそうな感覚を呼び起こす。神内は呼吸を整えながら思った。

(こんな死神を参加させるなんて、どういうおつもりなんだろう?)


 つづく

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