第453話 公私の違いがあるってさ

 神内が用意した小倉百人一首を手に取るのを見ながら、天瀬は考えた。

(たとえば、自陣に置かれた札だけに集中するとか、自分の好きな札だけは絶対に取るように狙うとか)

「紹介するわね。読手をやってくれるクーデ君よ」

 いきなり何の話かと思ったら、いつの間にやら、トルソーが畳の上に立てられていた。正確にはトルソーにのっぺらぼうの頭と、二本の腕を付けた形である。サングラスをずらして色を確認すると、全身クリーム色だった。

「この人――人ですか?」

 尋ねようと思っていたのとは違う質問を先にした。神内は微苦笑を浮かべ、答える。

「見ての通り、人じゃないわよ。クーデ君。百人一首の中から今回使う札五十枚を無作為に選んでくれて、さらに句の読み上げもしてくれる一種の機械と思ってもらったらいいわ」

「クーデ君は平等公平なんですね?」

「もちろんよ。ちゃんとあなたにも聞こえる発音、聞こえる速さで読んでくれる。それと、私達のどちらが先に札に触れたのかとか、お手つきをしたかどうか等の判断が微妙な場合も、クーデ君が公明正大に判定してくれるわ。録画してVTRでチェックするなんていう機能は備わっていないけれど」

「……信じます」

「ありがと」

「これでお互いにインチキはできなくなったと認識します」

「ん、まあそうなるわね。カルタでどんなイカサマができるのか知らないけれども」

 天瀬ももちろん知らない。何にせよ、クーデ君が公明正大に判定するのなら、イカサマは許されないはず。

「それじゃ、クーデ君の準備が終わったら、勝負開始ね。ああ、競技カルタのルールは把握している?」

「朧気ですが、おおよそは」

「私は勉強し直したところで、一つびっくりした項目があったわ。札を取るのに最初に使った手を、最後まで使い続けなければいけないなんて、知らなかった」

「……両手を使う癖があると言うんでしたら、特別にどちらの手でもかまわないことにします?」

 神内の言葉を、譲歩の打診かもしれないと受け止め、承知する構えを見せた天瀬。もしこのルール変更が成立するのであれば、逆に何か譲歩してもらおうという計算が働いてのこと。

 しかし、神内は首を横方向に振った。

「別にいらないわ。天瀬さんが知っているのかなと思って確かめただけよ」

 読みは外れた。大勢に影響はないとは言え、ちょっとがっかり。

「他に、はっきりさせておきたいことは……そうそう、カルタの札を飛ばした結果、裏向きになってそこに何が書いてあるかが見えてしまう心配があるわね」

「え、見えてもかまわないのではないんですか」

 チャンスがあれば裏に書かれている物事をなるべく記憶し、いつ起きたのかよく知っている事柄ならその札を積極的に狙っていくのはいい手じゃないかなと考えていた。

「だめよ。カルタをやっているときはカルタに集中してくれなきゃ」

「でも、見えてしまったものが、そのまま何となく記憶に残るっていう状態は往々にして起こり得ると思うんですけど」

「うん、だからね。カルタの競技中は、裏面には文字が出ないように細工を施しておくことにする。具体的には、目隠しになるカバーみたいな物がついていると思ってくれればいいわ」

「……それって、カルタの勝負が決してから、裏面の文章内容を書き換えることができるんじゃありません?」

「どういう意味かしら。何となく疑念を持たれているみたいだけれども」

 答える神内の表情は素のままのように見える。とぼけているのか、本当に気付いていないのか……。

「仮に、私がカルタで勝ったとして、取った札の裏に書いてあるという文字が見えないのだったら、直前で変更し放題じゃないでしょうか。取った札の裏面に書く出来事を、恣意的に、私の知らなさそうなものばかりにすれば、起きた順番に並べるのは難易度が跳ね上がりますよね」

「そういう意味ね。ま、私が神側ってことで、人間のあなたが直前の書き換えの可能性を心配するのは当然だけれども。私はやらないから」

「誇りがあるから、信頼して欲しいと?」

「うーん、プライドもあるにはある。それ以上に、順番並べ替え用に用意したエピソードは、ほとんどがあなたの身の回りで起きた出来事なの。世間的に大きな事件事故などは、全体の二割弱、ううん、一割強といったところね。言ってしまえば、あなたのパーソナルな出来事それぞれについて、あなた自身がどの程度覚えているかなんて、私は関知していない。知らないものの中から、恣意的に選ぶなんて行為、できっこないでしょ?」

「確かに、そうです」

 言葉を噛み締めるようにして応える天瀬。パーソナルでない――パブリックな?一割強の出来事が気にならなくもないが、神内の主張には概ねうなずける。

「納得した?」

「はい……ただ、一つわがままを聞いてもらえるのなら、例を見せて欲しいかなって」

「例って、裏面に書いてある出来事の?」

「はい」

「それなら、一枚だけ。パーソナルな方のエピソードなら、今見せてもたいした影響は出ないでしょうから。とは言え、私も各札に書かれている出来事が何なのか、ぱっと見ただけでは分からないのよね。サングラス、ちょっと返してくれる?」


 つづく

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