第49話 間違い電話……じゃなかった


 週明け、月曜の朝は寝不足で始まった。

 鍵の心配がなくなったからといって、枕を高くして熟睡できるほど、私の神経は図太くできちゃいなかったようである。こんなことで将来、家族を持って、守っていけるのかなと不安を覚えなくもない。

 まあ、現時点で悩んでも詮無きことだ。

 全然眠れなかったのではなく、多少はまどろんでいたのだが、それでも今、目を開けていると光が痛く感じるレベル。目薬を探し求めて、部屋のあちこちを引っ掻き回し、薬箱を見付けた。その中に入っていたのは、私が苦手なクール系の点眼薬だったが、今は贅沢を言っていられない。我慢してした。

 途端に染みる感覚が来て、さらに眼球がひやっとなる。これが苦手なんだよ、この冷たさが。気持ちいい、目が覚めるとかいう声も聞くけれども、その人達とは一生話が合わない気がする。ちなみに私はチョコミント味がちっとも美味しく感じないんだが、関係あるのかねー?

 右手に目薬の容器を持ち、左手はキャップを探してテーブルの上を這い回る。やっと指先にそれらしき感触があったそのとき、またも電話が鳴った。

「出られるかっ」

 朝忙しいときに掛かってくるだけでもいらいらするのに、目薬をした直後とは無理に決まってる。慣れた自分の部屋なら、目をつむっても電話のあるところまで辿り着いて、受話器を取ることができるかもしれないが、私はここに来てまだ間がないんだぞ。

 もったいないが指で目薬をいくらか拭うと、どうにか片目は開いた。十回ぐらいコール音を繰り返した電話は、まだ切れていなかった。間に合った。これでまたいたずら電話や間違い電話だったら、怒りのあまり、折角直した電話コードを再び使用不能にしてしまうかもしれない。

「はい、岸です」

 受話器を掴めさえすれば、再び両目とも閉じてかまわないだろう。電話からの声に耳を澄ませる。

「岸先生、朝早くからすみません。天瀬の母です」

 天瀬のお母さん、季子さんからだった。落ち着いた語調ではあるが、どこか緊張感をまとっているような。そんな声が伝わってくる。

「あ、おはようございます。こんな時間に何か?」

 当然だが、もし仮に子供が学校を休むとしたら、連絡は学校へするものだ。担任の家に直にしてくるなんてルールはない。わざわざかけてくるからには、より個人的な用件だろう。私が土曜日、天瀬宅を訪れたことに関連して何かあったのかなと想像した。

「おはようございます。実は、今朝、郵便受けに新聞を取りに行きましたら、おかしな手紙が入っているのを見付けまして」

「手紙? どこがどうおかしいと感じられたのですか」

 想像とはちょっと、いやだいぶ違うようだ。脈拍が早くなった気がする。眼はまだ痛かったが、無理にでも開いた。

「消印がなく、宛先も住所はなく、名前だけが。それも定規で引いたような線で、天瀬美穂と」

「え?」

 典型的かつ古典的な脅迫文のスタイルではないか? 急な話に驚いたのは言うまでもない。だが、同時にあの耳に残るフレーズを瞬時に意識した。「天瀬美穂を助けて」とは、まさにこのことではないか。使命感が私の身体を満たす、そんな感覚が確かにあった。

「その調子だと、差出人もなしですか」

「はい。気味悪かったんですが、開封して中を見てみました。差出人らしき名前はどこにもございません」

「中身は何だったんですか」

「それが……原稿用紙の真ん中近くに一言だけ。『もうすぐ迎えに行くからね』と、これも定規を当てて書いたような字でした。筆記用具は……シャープペンシルかしら」


 つづく

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