第48話 色々と違ってた

 このタイミングで突然のノック。普通ならびくりとする状況かもしれないが、今回は違う。呼び鈴があるのに鳴らさない人となると、とりあえず一人しか思い浮かばない。

 念のため、覗き窓から様子を窺う。脇田さんの姿があった。安心してドアを開ける。同時に、この人に大家さんの連絡先を聞けばいいと思い付いた。

「こんにちは。あの、いきなりなんですけど、大家さんの連絡先、教えてもらえませんか」

「え?」

 訪問してきた側が先に用件を言われて、面食らっている。申し訳ない。

「教えるのはいいけど、まあ、私の話を聞きなさいって」

「すみません」

 小さく頭を下げた私の目の前に、銀色の小さな物が示される。

「これ、鍵!?」

「門の横の草の中に落ちてたって。クリーニング屋のおにいさんが見付けて、拾ってくれたんだよ。部屋番号と同じ数字が刻印してあるから、あんたのこの部屋の鍵で間違いないと思うけど」

「ああ、そうですね。念のため、試してみます」

 私は靴を履き、廊下に回った。脇田さんが持ってきた鍵を受け取り、鍵穴に入れて回すとロックされ、開錠もできた。

「よかったねえ。なくしたら大家にどやされるとこだった」

「……これって、前に脇田さんが見た小柄な人影が使っていった鍵なんでしょうか」

「そんなこと聞かれたって、分かんないよ」

 でしょうねと、口の中でもごもごと返事した。

「それで、大家の連絡先だったね」

「あ、いや、今はいいです。実は鍵のことで連絡しようと思っていたのが、こうして見付かったのならいいかと」

 やや嘘を交えながら、現時点では必要のなくなったことを伝えると、脇田さんはあっさり納得してくれた。

「でもいずれ必要になるときが来るかもしれないんだから、教えとくよ。と言ったって、私だって記憶はしちゃいないから、あとでメモに書いて、ドアの郵便受けに入れといたげるわ」

「どうもすみません」

 お礼を口にして部屋へと戻った。

 ドアを閉め、内側から鍵を掛けたところで、息を深く吸い込み、はあーっと盛大かつゆっくり吐き出した。

 懸念材料がなくなったのはいい。大きな安心を得られた。しかし何で鍵を捨てた? 鍵がアパートの敷地内にあったってことは、犯人はこれを使ったあと、すぐに捨てていったってわけだ。犯行の証拠になるとでも思って、手放したのか。

 そもそも施錠していったのは何故だろう? 犯罪の発覚を遅らせるため? でも岸先生は小学校教師で、遅刻しただけでもすぐに連絡が入り、関係者が様子を見に来ることだって充分にある。事実、そうだった。それくらい予測できそうなものだが……もしかして、岸先生が小学校教師だとは知らなかったのかもしれない。あの逃げた男のもやもやデータは真っ黒だったから何とも言えないが、岸先生の知り合いではない可能性が高いんじゃないだろうか。少なくとも学校関係者ではない。会っていれば、黒いデータが見えて絶対に分かる。

 犯人Xがこの一週間足らずどこで何をしていたのかについても、引っ掛かりを覚える。裏を返せば、月曜の夜に犯行に及び、四日間はなりを潜め、土日になって再び行動を始めた様相を呈している。仕事の都合か?

 さすがに想像の限界を感じる。

 鍵の心配がひとまず去ったということで、喫緊の問題ではなくなったと思いたい。真っ昼間には襲ってこないくらいだし、このまま姿をくらましてくれれば薄気味悪さが残るとしても万々歳なのだが。


 つづく

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