第50話 普通とは違う判断

「そのこと、お子さんには?」

「見せていません。という以前にまだ起こしてもいません。起き出す前に、先生にお伝えしておこうと考えたものですから。ご迷惑かとも思いましたが、不審者情報について先生が仰っていたので……」

 この判断が正しいか否かは意見が分かれるところかもしれない。でも、ここは肯定しておくのが季子さんのためになるだろう。

「よく知らせてくださいました。えっと、警察へ届けるおつもりですか」

「そこを少し迷っていて、だからこそご相談を。届ければ、警察の方があの子に色々と聞くんでしょうね?」

「よくは知りませんが、恐らく」

 ここまでの話を聞いて、私には察しが付いた。季子さんは娘にその妙な手紙の件を一切伝えずに、ことを丸く収めたいと願っているに違いない。

「当然、この手紙の内容も伝わりますよね?」

「ええ。捜査するからには必要でしょうから」

「だったら、できれば届けずに何とかしたいのです。親馬鹿だの過保護だの思われるかもしれませんが、美穂を無闇に傷付けたくない」

「……分かりました」

 我ながらフライング気味に、そう言ってしまった。

「届けるのは先延ばしにしましょうか。警察だって、実害の出ない内は本気で動いてはくれないとも聞きますし。手紙はそちらで保管してもらうとして……ああ、失礼ですが旦那さんは?」

「あら? お伝えしていませんでしたか。単身赴任で仙台の方に。時折帰って来ますが、昨日一昨日きのうおとといの土日は違いましたの」

「そうでしたか。それで、このことを伝えるおつもりは?」

「今のところはございません。なるべく静かに、早く終わらせたいんです」

 気持ちは痛いほど分かるが、娘に関わる重大事を秘密にされる旦那さん――私からすれば将来のお義父さん――が不憫でもある。ちょっぴり反論したくなったが、ここはぐっと堪えて、対策を考える。

「手紙の件をどこまで口外していいのか、もう一つだけ確認をさせてください。学校の他の先生方には?」

「あ、それは考えていませんでしたが……私が岸先生にお話ししたのは、担任であることと不審者情報のことがあったからです。不審者に関して、先生方で情報を共有する決まり事があるのでしたら、私が我が儘を言って止めてもらうことはできません」

 土曜日に言った口から出任せが、思わぬ形で影響を及ぼしているな。嘘をついていることに胸が痛まないわけじゃないが、私にとっては不幸中の幸いとも言える。

「了解しました。その辺は私が判断させてもらいます。えっと、登校は集団登校ですよね?」

「はい」

「大人の方が付いているんでしたっけ?」

「同行することは滅多にないはずです。道々には、見守り活動の方がいますけど」

 自分が子供のときも思い出す。保護者や見守り活動の人達以外にも、朝はたくさんの人の目があったように思う。

「それなら登校時は大丈夫かな……。下校時、迎えに来てもらうことは可能ですか」

 この小学校では、集団登校はしていても、集団下校はしていない。

「それが私も勤めに出ていますので……欠勤した方がよろしいでしょうか。仕事を休めば、迎えに行けますし、朝も送れます」

 どうなんだろう……季子さんが送り迎えしてくれるのならかなり安心だが、季子さん自身にまで危険が及ぶ可能性も大きくなりはしないか。

「いえ、それをするとお子さんが勘付くかもしれません。なるべく普段通りに。下校は、私が何とか一緒に帰れるように調整してみます」


 つづく

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