第51話 いつもと違う朝

「すみません、娘をよろしくお願いします」

 電話の向こうで相手が頭を下げている気配が感じ取れた。私が言った対策はその場凌ぎで、恒久的な問題解決には何らなっていないのだが、今わざわざ季子さんに告げることもあるまい。

「あと、問題の手紙を写真で取って、データを」

 そこまで言って、今の自分は携帯端末もパソコンも持っていないことを思い出した。不便なのは我慢できるが、緊急事態に直面すると腹立たしくなる。

「先生?」

「すみません。手紙の実物を見ておいた方がいいかなと考えたんですが、手立てがない」

「それでしたら、今すぐに来られますか? まだ娘は起きていないので」

「――分かりました」

 電話を終え、急いで準備を整える。本心ではぼさぼさ頭かつ寝間着のままでも飛び出したいくらいだが、教師として最低限の節度は保たねば。

 急展開に焦りを覚える反面、これこそが私が十五年前に来させられた理由なんだろうと、改めて強く感じた。運命なのだ。私が天瀬美穂を救って、未来が確定するというやつだろう。このミッションを達成することで、私は元の時代に戻り、死を免れ、大人の天瀬美穂と当初の予定通りに結ばれるに違いない――思考がだいぶファンタジーやSFに毒されている気がするが、仕方がない。実際に体験すれば、こうなるものだ。


 自転車を飛ばして天瀬宅に急行、手紙を確認。

「昨日の内に気付いていればまだよかったのに、昨日は日曜でしたから、郵便受けを覗かなかったもので……」

 と、己を責める季子さんを励まし、勇気づけてからまた家に引き返し、今度は学校へ向かう準備を速攻で済ませる。

 天瀬の登校に着いていきたいのは山々なんだが、現段階であまり不自然なことはしたくない。まだ彼女は私――岸先生に対して怒っているだろう。少なくともそのポーズは続けているはず。そんな天瀬に不自然な形で近付いて、余計に嫌われたらどうなるか。いざというとき、換言すると、手紙の差出人が実力行使に出たときに、私の言うことを天瀬は聞く耳を持たなくなる恐れがある。現状、そっとしておくのが吉だと判断した。

 とはいうものの、学校に着いてからしばらくは、天瀬が無事に登校して来られるかどうか、非常に心配で他のことが手に着かなかった。落ち着きのなさが表面に出ていたようで、他の先生数名からどうかしたんですかと問われたほど。

「修学旅行が近付いてきましたからね。岸先生は昨年、林間学校に同行できなかった分、楽しみにされてるんじゃないですか」

 湯村先生がフォローしてくれた。のはいいが、修学旅行って。いつの間にそんな大きな学校行事が進んでいたんだ? そりゃまあ、確かに時季的には六月に行く学校は結構多いけど、この一週間、全然話題に上らなかったじゃないか。岸先生はちゃんと把握してたんだろうけれども、私は一からになるのだと思うと、気が重くなる材料が増えた。

「そういえば今朝届くって聞いていたしおり、まだのようです」

「林間学校、行かなかったんだ……」

 会話の流れを無視して呟いていた。

 岸先生、昨年は五年生の担任だったはず。林間学校に着いていかないとは、どんな理由があったんだろう。まさか、その頃から不審者に狙われていて、怪我を負ったとかじゃあるまいな。


 つづく


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