第30話 男女の違い
「うまく行ってよかった! あんなやり方でと思ったけど、やっぱり先生って凄いね」
「天瀬――さん、離れて」
「どうして? 作戦が成功した瞬間は、手がノートで塞がっていたから、感謝を表せなくて、だから今こうして」
「感謝がだめとは言ってない。言葉だけで充分だから」
「そお?」
めっちゃ不満そうな声。ようやく距離を取って彼女の顔を見ると、頬を膨らませていた。上目遣いな“じと目”が何故だか新鮮に映る……って、そうか、十五年後の身長差だと、この角度では見下ろせないかなあ。
「そんな顔しない。前にも言ったろ。不細工になるぞ」
「というからには、今は不細工じゃないんだ?」
かわいいっていう自覚がないのか。まあ、確かに大人になった十五年後の君はかわいい上に美人だぞ。それとも自覚があっても、とぼけて大人をからかっているつもりかな。ここはスルーしておく。
というのも、さっきの抱きつき攻撃が意外と効いているのだ。もちろん、肉体的ダメージという意味ではなく。
十五年後の天瀬とは体格も力もまるで異なるのに、小学生の天瀬に抱きつかれて、大人の彼女の感触と彼女に関する記憶が一気に急浮上したような。おかげで、この場で天瀬を抱きしめ返したくなったほど。
「どうせ感謝を表してくれるのなら、おかずのお裾分けを頼みたいな。日々の料理が面倒でたまらない」
軽い気持ちかつ半分冗談で言ったのだが、天瀬は真に受けたらしく、「分かった。今日は無理だろうけど、いつか持って行く」と答えて、しっかりうなずいていた。
「ジョークだからな、ジョーク」
ぱたぱたぱたと駆けて行く後ろ姿に、そう呼び掛けたが、果たして聞こえたのかどうか。
金曜日が来た。
どうにかこうにかこの時代での新生活に慣れてきたものの、今日は全くの初物、ニュースポーツクラブがある。恐らく岸先生にとっても、靴下脱がしレスリングを行うのは初めてだろうから、正真正銘の初チャレンジだ。
時間になって体育館に集まったのは、四十名ほどで、男女比はほぼ五分。また、六年生だけでなく、五年生もいる。四年生以上がクラブ活動を行う学校が多いと聞くが、ここは五年と六年だけだった。
印象のみではっきり言うと、運動が苦手そうな体型の子が多い。スポーツ系のクラブには入りたくないが、親から身体を動かすクラブにしなさいとか言われて、このニュースポーツクラブを選んだ子供が結構いるのではないかと想像した。
その一方で、真逆じゃないかって子もちらほらいる。うちのクラスで言えば、天瀬と長谷井が筆頭だ。ここでまた想像を逞しくすると、天瀬は長谷井がここに入ったから真似をした。運動ができる長谷井がニュースポーツクラブを選んだのは……教育ママから怪我をするような激しいスポーツはだめざますと言われて、やむを得ず、ニュースポーツに……空想が過ぎるかな。岸先生のデータを駆使しても、各児童の志望動機なんてことまでは出て来ない。
「それじゃまあ、最初にラジオ体操、次に柔軟とストレッチをやってから、今回やることの説明をする。いつも通り、頼む」
いつもやっているであろう準備運動だが、下手に指示を出すと、普段と違う!おかしい!なんて思われて面倒なことになるかもしれない。なるべく子供ら任せにする。
と、柔軟運動の段階に入って、ふっと気が付いたことがあった。
「ぬ?」
私の視線の先では、天瀬が開脚前屈をやっている。後ろから背中を押す児童が問題だ。長谷井なのだ。いや、彼がどうこうではなく、柔軟運動は女子と男子とで組になってやるものではないだろう。現に他の面々は学年別に女子同士、男子同士でやっている。
「あー、そこの二人」
つづく
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