第31話 ただ触れるのとどう違う?
近付いていき、何で男女ペアなんだと尋ねようとして、途中で気付いた。六年男子と六年女子はどちらも奇数名なのだ。一人ずつ余るのなら、仕方がない。もちろん、男ばかり女ばかりの三人一組をそれぞれ作ってもいいのだろうけど、それだと時間が余計に掛かる。
「何、先生?」
長谷井の方が反応した。運動のサポートの手は止めない。
私は数秒の間を取って、尋ねる内容を切り替えた。
「男女一人ずつ余ってるのは分かるが、いつもこの組み合わせか?」
「はい、何となく」
歯を覗かせ、爽やかに答える長谷井。うむ。こうして改めて見ると、天瀬が惹かれるのも理解できる気がした。
と、前屈運動の回数をこなした天瀬が、立ち上がりながら言った。
「委員長と副委員長だし。確か、岸先生もそれでいいって言ったよ」
「あ、ああ。それはそうなんだが……他の連中から冷やかされて困ってる、なんてことはないのかなと思ってね」
「先生、それ、余計なお世話。――ね、長谷井君?」
「う、うん」
積極的な天瀬に対し、長谷井はまだ人の目を気にしてる、ってところか。気持ちは分かるぞ、長谷井。天瀬が私の将来の嫁じゃなかったら、応援してやりたいところだ。
だが、実際には私の嫁だから、逆に妨害したくなる。これは子供っぽい対抗心からではなく、長谷井のためを思っての行為である。天瀬とどれほど親密になっても、結ばれることはないのだから、早めにあきらめた方が吉というもの。事情を打ち明けて、新しい彼女を作りなさいって言えたら楽なんだがねえ。
……と、自分の本心を多少偽ってみても、空しくなってきた。恥ずかしい話だが、今の私は長谷井に対して嫉妬している。
小学生の天瀬に必要以上の興味を持ったとかではなく。
もし自分が天瀬と同じ小学校、同じクラスにいたとしたら、経験できたであろう色んなことを、長谷井は経験できてるんだな。そう思うと、ちょっとぐらい嫉妬するのは、男として普通じゃないだろうか。
このあと靴下脱がしレスリングをやるわけだが、それだっていい思い出になるだろう。
うん? 男子と女子が一人ずつ余るってことは、靴下脱がしレスリングの組み合わせもこの二人に?
いやいやいやいや、それはなしっ。断じて許さん!
「先生、先生。どうしたの?」
はっと気付くと、顔の前で手をひらひらと振られていた。天瀬や長谷井だけでなく、他の児童も何人か集まっている。
「柔軟、終わったよ」
「ああ、そうか。ちょっと考え事をしていた。じゃあ、説明をするから、集合!」
体育館の前方、舞台近くの中央に立ち、号令を掛ける。私を中心に児童らは扇形に並んだ。学年毎、性別毎に整列している。私は手振りを交え、座るように言った。そのまま続ける。
「みんな靴下は持ってきたな。まだ履き替えなくていい。そのまま聞くように」
そして事前に考えてきたルールを語って聞かせる。
まず、開始前の姿勢と、スタートしてからの動き、勝負の決着の仕方を話す。試合場はマットの上で、そこからどちらか一人でも身体が半分以上出たら元に戻ってやり直し。このとき、靴下のずれを直してはいけない。制限時間は三分にしてみた。時間内にけりが付かなかったときは、その時点で残っている靴下に差があれば、つまり二対一であれば、二の方の勝利で、同数ならば延長。
反則については、細々と挙げていった。金的については急所と言い換えたが、問題なく伝わるだろう。あとで付け加えた分としては、口や鼻などの穴に指などを引っ掛ける行為を禁止にした。口と鼻を手の平で覆うのもなし。
迷ったのは、くすぐる行為だ。靴下を脱がすというゲームの性質上、足の裏にはどうしても触れる訳で、くすぐりを反則にすると揉める元になる。同じ理由で、脇の下や横っ腹にも、触らない訳には行くまい。かといってくすぐるのはOKだぞと予め告げてしまっては、単なるくすぐり合いになる恐れが非常に強い。だから、くすぐりに関しては何も言わずにおいた。気付いた子が使う分にはかまわないとしよう。それに真剣に勝負しているとくすぐられても案外感じにくいものだと思うし。
つづく
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