第32話 戦法の違い

 何はともあれ、正式なルールの定まっていないゲームをやるのは、凄く大変だということがよく分かった。

「――最後に一つ。スポーツマンシップにしたがってやるように。やるからには勝利を目指す。じゃれあいが楽しいからと言って、靴下を取れるのにわざと取らないのは注意、警告ものだからな。それじゃ、マットを八本、出してきて、そのあと靴下を履き替えるように」

 そう命じてから、改めて参加児童の服装を見る。体操着でなるべく長ズボン着用のことと言っておいたのに、守っていない者が多い。暑さがきついのはよく分かるが、怪我をされても困るんだよなあ。

 あ、怪我で思い出した。マットを敷き終わり、皆が靴下を新しい物に替えたところで、呼び掛ける。

「すまん、一つ忘れていた。手の爪のチェックをする。みんな、手を前に出してー」

 私は用意してきた爪切りをかざしながら言った。


 多少、もたついたものの、準備が整った。すでに対戦の組み合わせも発表済みだ。

 六年生と五年生で分け、男子と女子とで分け、それから背の順に並べて、前から順番に組み合わせた。競技としてやるのなら、体重別の方が理に適っているかもしれないが、一見しただけで高低の明らかな身長ならまだしも、計測しなければ分かりづらい体重は個人情報ってことで、難しいご時世なのだ。私がいた十五年後もそれは変わらない。

 あとは時間の許す限り、対戦相手を適宜入れ替えて、楽しめばいいだろう。勝ち抜き戦だと、負けた子が退屈に違いないし。

 マットを八本、ぴたっとくっつける形で並べてみて分かったが、同時にできるのは六試合ぐらいが限度かな。審判は、その次に対戦する二人が担当する。

 開始時に動く方向については、最初に教師が手本を見せるのがよかろう。片方が間違えると、頭が正面衝突する恐れがあるからな。ということで参加者の六年男子で一番背のある芳賀はがという子に出て来るように言い、マットの真ん中で、足をだらんと延ばし、背中合わせに座った。

 よそのクラスの子だからなのか、返事が固く、幾分緊張している風だったが、身振り手振りを交えて動きを説明すると、一発で実演できた。というか、芳賀は大きな身体の割に素早く、背中を取られてしまった。うーむ。私の意識と岸先生の肉体とが馴染んでいない感は確かに残っているが、それを抜きにしてもちょっと節制しなければいけないかも。

 とにかく、やっと本番だ。試合の順番は五年生が背の大きい者から、六年生は小さい者からにした。

 始めてみると、意外にもバリエーション豊富な試合が次々と展開され、普通に競技として面白いんじゃないかと思った。小さくてすばしこい者同士だと、互いにバックを取れずにお見合い状態になり、そのまま腕を出して組み合う。大抵は両膝立ちの姿勢だ。やがて引く力の強い方が引き勝って、相手を前のめりに倒すと、さっと足に飛び付いて靴下を奪う。下になった者も相手の足が頭の上に来るから逆襲するが、タッチの差で先手を取った方が両足とも脱がせて勝利。

 どちらかがバックを取るのに成功した場合は、取られた方がぼさっとしていると、すぐに靴下を脱がされてしまう。足を自らの身体の前に投げ出すか、意表を突いて俯せになるかすれば、展開が変わってくる。

 皆の笑いを誘ったのが、身長は同じぐらいでも、体重差がある二人の対戦。軽い方があっさり相手の背中に張り付くも、倒せない。逆に左右どちらかに転がられて下敷きに。押し潰されそうになった方は、防御で精一杯。やけくそで相手の耳元で大声を出す者もいた。以降、この大声攻撃も反則の項目に追加したのは言うまでもない。

 判定に困る体勢があることにも気付かされた。いわゆる膠着状態ってやつで、柔道で言う上四方固めみたいな位置関係になると、上の者も下の者も相手の足が遠く、靴下を脱がせられない。上の者が有利なのは間違いないので、ストップを掛けて仕切り直しさせるのも躊躇われるというわけだ。次また靴下脱がしレスリングをやる機会があったら、背中がマットに着いた方は靴下一つを取られたことにして、最初の体勢からやり直し、なんてのがいいかもしれない。

 見ながら色々考えている内に、天瀬の試合の番になった。注目するなと言われてもしてしまう。


 つづく

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