第33話 悲鳴の違い

 天瀬の対戦相手は、同じうちのクラスの原田舞美はらだまいみって子。大人しいというか無口というか、積極的にアピールするタイプではなく、体育の成績は平均的。ただ、発想がユニークで面白いby岸先生データ。……これって、悪い言い方をすれば、黙ったまま何をするか分からないってことになるのか?

「よろしくお願いします、原田さん」

「うん。お手柔らかに、天瀬さん」

 言葉を交わしてから背中合わせになる二人。体格はほぼ同じだが、足の長さは天瀬の方が上。ん? 足が長ければ有利と言えるんだろうか? 身長が同じなら一緒かな。むしろ、手の長い方が有利に立てる気がする。

 六試合それぞれの準備ができたところで、一斉に開始だ。合図のかけ声と共にストップウォッチをスタートさせる。

 天瀬の試合に注意を戻すと、身体能力で上回る天瀬がバックを取っていた。が、原田は横に転がろうとしつつ、その両手で天瀬のお腹から脇腹に掛けてを撫でるように触れた。

 ――もしや、これは。

「ひゃっ!」

 天瀬が小さな悲鳴と共に手を引っ込める。逃れた原田は向き直って、見合う位置関係になる。両者、膝立ちのまま、立ち上がらずに手と手で組み合う……かと思いきや、原田がすかす。天瀬の両手の下をくぐって、脇差しを狙いに行った。

 と思ったんだが、また違った。天瀬の脇に左右それぞれの腕を差しに行くのではなく、脇を直に手で触りに行った。要するに……くすぐりである。

 そうかー、原田が気付いたかー。さすが、発想がユニークという岸先生のデータは当たっている。

 って、まずいな。うちの奥さん、じゃなくて将来の婚約者はかなりのくすぐったがり屋だった。若いときは大丈夫ってこともあるまい。

 案の定、脇の下をくすぐられて、あっという間に横倒しになり、のたうち回っている。

 ただ、幸いにも……と言うべきところなのか分からないけれども、悲鳴があまり色っぽくない。「うひゃあ」だの「うひー」だの、やたらと「う」を頭に付ける。全然色っぽくないし、いわゆるフェミニンな感じもしない。まあ、この分なら、男子どもが変な目で見ることはなかろう。

 ……いや、やっぱり注目されてるな。いやらしい気分で見ているんじゃないにしても、天瀬の悲鳴が耳につくから、そりゃ注目されるに決まっている。

 試合の方は、防戦一方の天瀬が仰向けに倒されて、そのお腹の上にまたがる形で原田が押さえ込もうとしていた。そのまま向きを換えて足の靴下を狙えばいいものを、原田はくすぐることが目的と化しているのか、まだ上半身を攻めようとしている。

 そう思って原田の表情を窺うと、どことなく愉悦に満ちた、心の底から今の行為を楽しんでいるように見えてきた。

 と、ここで天瀬の声が。

「あーん、やめてー、原田さん。あう、もうだめだってばぁ」

 ど、どうして急に色っぽくなるんだ? 試合の途中でルールを変えるのは好ましくないと思って、成り行きを見守っていたが、これは介入すべきか。原田は靴下を取れるのに取りに行かないという規則に抵触してると言えるし。

 が、私が動く前に、天瀬が最後の反撃に出た。

 これまでずっとディフェンスのために使っていた手を、オフェンスに転じさせたのだ。無防備にくすぐられるのを我慢しながら、手を原田の膝や太もも辺りに這わせる。五本の指を使って、膝頭の中央から外側に向けて指先をそっと沿わせると、そわぞわした感覚が生じて何とも言えない心地悪さを与える、という遊び?が昔からあると思うけれども、それを天瀬は狙ったようだ。

 すると効果てきめん。原田は声こそ上げなかったが、飛び退くようにして天瀬から離れた。どうやら原田は、天瀬の手の動きを逆転を期しての靴下狙いと信じ込んでいたらしい。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る