第34話 レベルが違うんだよ!

 両者立ったままのお見合い状態は、これまでの全試合を通して初めてだ。

 どうするのかなと興味を持って見ていると、原田の方から組みに行くような手の動きをする。対する天瀬は反応がちょっと遅れた。同じように組みに行くか、相手の両手を防ぎに行くかを迷ったみたいだ。

 原田はすると、相撲の猫だましよろしく、天瀬の顔の前で自らの手を一つ打ち鳴らす。頭の柔軟さにも程があるぞ。そのまま、びっくりした天瀬の隙を突いて、一気に足を狙いに行った。

 が、天瀬も接近されまいと両腕を伸ばす。一方の原田は猫だましの手つきで脇が空いていた分、足を踏み出すのが遅れる。

 結果、天瀬は原田のタックルを防いだ。相手の胸を押し返す形で。

「――!」

 これには原田も明らかに焦った様子。タックルをあきらめ、引っ込めた手で自身の胸をガードした。

「あ、ごめん」

 天瀬の方も感触に戸惑ったみたいに手を引っ込める。二人とも棒立ちだ。膠着状態と見なしストップを掛けるか、それとも二十秒足らずの残り時間が過ぎるのを待つか。私は後者を選んだ。二人の試合を裁く審判の子らにも、止める気配はないし。

 次に動いたのはまたしても原田で、「やったわね」とどことなく嬉しそうにも受け取れる響きの声と共に、今し方やられたばかりのことをやり返そうとしている。仕返しが目的だから身振り手振りが大きくなって、隙ができていた。

 天瀬は原田の手を転がってかわすと、相手の足元に潜り込み、両方のかかとを掴んで、尻餅をつかせる。その掴んだ手をそのままスライドさせて、靴下を左右ダブルで奪取。その瞬間、どっと沸く観客(客じゃないけどな)。制限時間ぎりぎりの勝利に、大いに盛り上がった。

「やったー! 勝った!」

 何故だか知らないけれども、天瀬は“戦利品”の靴下を振って、めっちゃ喜んでいる。対照的に原田は、がっくりと四つん這いの態勢からしばらく立ち直れないでいた。

 いや、自分が子供の頃ってこんな感じだったかな。夢中になりさえすれば、どんなことでも喜んだり悔しがったいが当たり前。

 そう考えると、靴下脱がしレスリング、やってよかったなと思える。


 割にさくさくと進んで、各自だいたい二試合目に突入。

 組み合わせは、やはり学年別かつ男女別で身長を重視しつつ、体重も近いであろう対戦になるようにちょっと手を加えた。

 てことで、天瀬の相手は、雪島ゆきしまという別のクラスの女子。ショートヘアのいかにもスポーツができそうな子で、一試合目では長い手足を上手く使い、十秒ほどで圧勝していた。

 そのときは気付かなかったのだが、天瀬と組ませてみることにして、雪島についての岸先生データを確認してみた。

 担任するクラスの児童ではないので大した情報はないだろう。その予想は当たっていたが、一つだけ、特記事項がでかでかと文字になっていた。

 アマチュアレスリング教室通い。

 え、そうなの?と思って、彼女の耳を注視する。アマレスの猛者なら、耳はカリフラワーみたいになるんじゃなかったっけ。雪島の耳は、そういう風には見えなかった。

 それでも一言、声を掛けておこう。一試合目の勝ちっぷりを思うと、天瀬が保つのか少々心配になる。

「あー、雪島さん」

「はい? 何でしょう?」

 呼ばれるとは思っていなかったらしく、きょとんとする雪島。私は彼女を手招きして近くに来させ、小声で言うことにした。手加減してやれというのを、天瀬や他の児童が聞いたらあんまりいい気分はしないだろうなと思えたから。

「アマレスをやってるんだったな」

「はあ。小学校にはレスリングクラブも柔道クラブもないから、ここにしたんですけど。あ、早く相撲もやってくださいね。約束、忘れないで」

「あ、ああ。分かってる」

 そんな約束をしてたのか、岸先生。

「ま、雪島さんが強いのはみんな知ってるし、さっきみたいに全力で来られたら、相手の子が怪我をするかもしれない」


 つづく

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