第35話 バナナスプレッドはまた違う技
「全力じゃないんですけど」
「そ、そうか。とにかく、この時間はクラブ活動と言っても、遊びに近いレクリエーションだ。多少手を抜いていいから、楽しく遊ぶようにしよう」
「分かりました」
素直に承知してくれてほっとする。よしいいぞと、背中を押して送り出そうとしたが、寸前のところで止まる。不用意なボディタッチは厳に慎まないといけないのは、この時代も変わらなかったはず。
「本当に遊びでやっていいんですね」
振り返った雪島がそんなようなことを言ったので、「いいとも。勝つなとは言ってないからな」と笑いながら返事しておいた。
スタートの掛け声とともに両者が動いたのは言うまでもないが、雪島の方はかなりスローモーだった。あからさますぎるレベルダウンに、私は内心、おいおいもうちょっとうまくやってくれないかとつっこんだ。
結果、天瀬が雪島のバックを取ることに成功した……のはいいが、雪島はその瞬間、ぱたんとマットに倒れ伏してガードに入る。すると経験者とそうでない人間との差はえらいもので、天瀬は雪島を全く動かせない。相手の腰からお腹に掛けてしっかり腕を回し、目一杯に力を入れて引き起こそうとしているようなのに、雪島の方はびくともしない。時々、手や足の位置を変えて、重心をコントロールしてるようだ。
というか、天瀬はあまりに上手く後ろを取れて、相手が防御一辺倒であるせいか、勝利するための条件を忘れているのか? 靴下を狙いに行く素振りがない。
他の五試合が順次終わる中、またしても長引く天瀬絡みの試合。自然と注目され、その内見ている者から声が飛び始める。
「靴下狙えって!」
「起こそうとしたって無理だよ、天瀬さん」
「くすぐれ!」
等々。そういえばくすぐり攻撃は禁止しなかったんだが、二試合目になって使う者はいないようだ。くすぐり返されることを思うと、積極的に使う気にはなれないのかもしれないな。
「だって、立たれたら、絶対、かなわない、から」
息を切らしつつも、歓声の一つに応える天瀬。対応する声援、確か長谷井の声だったよな。
と、そんなことを気にしている間に、雪島が不意に腰を浮かせた。力を込めて引っ張っていた天瀬にとって、急に軽くなったように感じられたろう。バランスを崩し、勢い余って両手を離してしまった。
その隙に雪島は完全に起き上がって身体の向きを換え、ほぼ棒立ちの天瀬に、潜り込むようなタックルを仕掛けた。
「うひゃ」
短く叫んで尻餅をつく形で倒される天瀬。どーでもいいことかもしれないが、また“う”だよ。
雪島は天瀬の右足に自らの両足を絡めて動けなくし、まずは右の靴下から奪うんだなと思ったら、違った。起き上がって亀の状態に逃げようとする天瀬を、そうはさせじと仰向けに転がし、今度は相手の左足を両腕で固めに行く。
何か見たことのある形だと思ったら――。
「股裂きだ~!」
別名レッグスプレッドだっけ? アマチュアレスリングにおけるフォール狙いのれっきとした技だが、掛けられている方は絶対に恥ずかしい。仰向けかつ腰を上げた状態で足を開かれ、動けぬよう固定されるのだから。
「やっ、もう!」
手で股関節の辺りを覆おうとする天瀬。顔が赤くなっている。
正直、この時代に来てから小学生の天瀬に女らしさを感じたのは、料理を作ってくれたときにちょっとあったぐらいだった。が、今のこの格好と反応にはちょっと艶めかしさを感じてしまった。大丈夫なのか、私……。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます