第36話 行司差し違えにならないように
「いいぞー、やれやれ!」
「もっと開かせろ~」
男子の反応は面白がっているのとスケベ心が入り混じっているようだ。
私は雪島に注意を出そうとした。事前に遊びだの何だのと言ったものの、勝ちに行かないのは消極的行為でイエローカードだ。
が、注意する前に、雪島は腕で抱えている天瀬の左足から、さっと靴下を脱がせた。これでは注意できない。しかし、この態勢で右足の靴下を奪えるはずない。じきに技を解くはず。
「時間がなくなるぞ」
ストップウォッチを一瞥し、それだけ言って展開を待つ。
予想通り、雪島は手足のロックを解除した。が、天瀬に恥ずかしい態勢から起き上がる間を与えぬ素早さで、くるっと百八十度、雪島自身が身体の向きを換えた。今度は右足を両腕で抱え、両足は天瀬の左足を絡め取る。
すぐに靴下を取りに行けばいいものを、再び股裂きをしっかり決めにくる雪島。何か恨みでもあるのか、それとも男子の反応が愉快でついつい過剰になってるのか。
「いたた――」
天瀬が痛がる声を発した。ぼーっとしていたが、このレクリエーション、関節技禁止なんだった。固めるまではオーケーだが、極めるのはNG。
「雪島、それはアウトだ! ギブアップを取るゲームじゃないんだからな」
周りが騒がしいので、大声で注意を与えた。雪島はこっちをちらと横目で見て、分かってますという風にうなずく。
その瞬間、ロックする力が若干緩んだのか、天瀬の左足が少し動かせるようになった。そして狙ったのかはたまた単なる偶然に過ぎないか、素足になっていた天瀬の左足指先が、上手い具合に雪島の靴下両方の縁に引っ掛かる。
「え?」
想定外の事態に雪島が慌てたように、天瀬の右靴下に手を掛ける。天瀬はこむら返りになったときみたいに左足を丸めるような動きで、懸命に足先へ力を込める。両者とも靴下がずれてきて――脱げた。
「終わり!」
ほとんど同時に見えた。どっちが靴下を二つとも脱がせるのが早かったかは分からない。終了を告げられると、雪島は靴下を握りしめたまま、四つん這いの状態に。天瀬の方は疲労困憊って様子で、大の字に倒れたまま。って、おいおい、服が少しめくれ上がって、おへそが出てるぞ。早く気付いて直せ。
「暑い……疲れた」
はぁはぁ言ってる天瀬に、雪島が近付き手を差し伸べる。片手を掴んで起こすと、「ナイスファイト」と囁いたようだった。
「で、どっちが早かった?」
外野ではそのことで持ち切りだった。審判役の児童二人に注目が行くが、彼らも決めかねている。
「同時に見えたんだったら、引き分けでいい」
しょうがないのでそう伝えた。
「二つ同時に取る方が凄いけど」
「ボーナスポイントとかさ」
そういう声も上がった。なるほど、ゲームの発想だな。でも、事前に決めていなかったので、ここは引き分けにせざるを得まい。私が直々に二人の手をそれぞれ挙げて、文字通りのノーサイドになった。
「大丈夫か、天瀬――さん。だいぶへばってたけれど」
マットを降りる彼女に優しく声を掛ける。これくらいならいいよな?
すると天瀬、こちらを振り返ったのだが、その目付きが怒っている。きっ、と私を睨んできた。
「ど、どうした」
つづく
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