第317話 順番、違うかも

 はっきりとした答が聞けて、まずは安堵できた。

 折り鶴お見舞い作戦は一晩考えて捻り出した窮余の一策だったが、ひとまず効果を発揮してくれたらしい。あとは陣内刑事の娘さんが、本当に快復してくれることを願うばかりだ。症状がはっきりしない内は、折り鶴作戦も防御壁の役割を果たし続けるだろうが、時が経ち、万が一にも悪い方に転がるようならその後の展開が読めない、いや読みたくない、嫌な想像をせざるを得なくなる。

「関わった手前もありますけれど」

 季子さんが何やら懸念する口調で言い出した。

「できることなら、一度は病院にお見舞いに出向こうと思っています。何と言っても、美穂のために事件の捜査をしてくれた方ですし」

 それはどうだろう……判断が難しいところではあるが、快復が確実になるか、いっそ退院祝いに駆け付けるくらいに構えていていいんじゃないか。私も具体的な病院名は聞いていないし。

「今は何て言いますか、まだセンシティブな時期でしょうから。千羽鶴の完成に意識を傾けましょう。完成したら渡す機会も生まれますよ」

「岸先生がそう仰るのでしたら……」

 朝の助言が効果てきめんだったせいか、案外あっさりと折れてくれた。

 あとは、八月に入ってから予定されている個人面談について、よろしくお願いしますいえこちらこそ的な言葉を交わして、電話を終えた。

 目下の懸案事項であった陣内警部補の問題が、これで一時的に棚上げにできたと見ていいんだろうな。このまま何ごともなく収束するかどうかは、警部補の娘さん次第……生還を心より願うしかない。

 渡辺の知り合いの件に関しては、神内のこれまでの言葉を素直に解釈するなら、私の側から余計なことをしない限り、何も起きないと受け取れるのだが、念のために警戒だけは怠らないでおこう。

 天瀬を九文寺薫子と引き合わせたことについても、まあ同様だ。少なくとも、差し迫った危険要素とはなるまい。

 陣内警部補の娘さんが生還すれば、神内の把握している天瀬への危機は一応、すべて済んだことになるはず。となると……神様とゲームをする機会が近付いてきたと言えるのかな?

 この間、神内とやった模擬戦はやっとのことで勝てたけれども、あんなしんどい勝負を四つ続けて行って、しかも負けは許されないとは、改めて考えるまでもなく厳しい。だいぶ前に、神内が始めて状況説明を詳しくしてくれた際に、無理ゲーだからヒントを出しに来たと言っていたが、神様との四番勝負こそ無理ゲーなんじゃないか。

 神内の言っていた内容を思い起こしてみると、

「クイズ的なことが一つ。ギャンブル的なことが一つ。体力的なことが一つ。そして最後に運と記憶力を試すことになる」

 だったよな。

 今になって気が付いたが、「最後に運と記憶力を試す」と言うからには、勝負の順番は決められていると見なすのが妥当だろう。恐らくはこの話した通りの順番で行われるんじゃないか。

 そして忘れてならないのは、六谷が勝負に挑んでクリアし損なった場合、彼にやり直しのチャンスは残らないという条件がある点。加えて、六谷はお試しギャンブルを経験していないが、私はしている。となると、六谷は前半二つは待機して私の戦いぶりやゲームがどんな物かを見ることで参考にし、出番は後半の二つとするのがよい。必然的に、体力勝負及び運と記憶力を試す勝負は六谷が受け持つことになる。

 ……いや。そう短絡的に決めていいものなのだろうか。運の善し悪しはともかくとして、記憶力の善し悪しはある程度分かる。六谷が記憶力に自信があるのなら任せるし、そうでないのなら私が行くケースも考えておいていいんじゃないか。体力的な勝負にしてもそうだ。高校生としての六谷が出られるのならまだしも、小学六年生の彼が体力勝負で勝ち目はあるんだろうか。身体的に小さいのも不利に働く恐れが高い。まだ私が出た方が勝ち目はある気がする。

 もし仮に体力、記憶力の二つとも六谷が不得手な勝負事だとしたら。ひょっとするとこれも神様側の狙いかもしれないぞ。先鋒と次鋒を務めたい私の気持ちを見透かしていたくらいだから、予測は可能だ。いざとなったら連中はこちらの心を読めるんだしな。六谷が苦手な勝負を後半に持って来るぐらいの計略は、簡単に張り巡らせられるに違いない。

 他の勝負についても、もっと真剣に、深く検討する必要がある。

 その思考を始めようとしてふと気付いた。

 昼飯を食べに行くのを忘れるところだった。


 その日の個人面談も思った以上に順調に終えて、暑い中、帰宅。着替えた直後に、隣の脇田のおばさんが訪ねてきて、「お中元のお裾分けだよ」と缶ビールを半ダースほど持って来てくれた。「いいんですか」と問うと、「うちに置いとくと亭主が飲み過ぎるから」と目配せされた。何はともあれ、ありがたく受け取っておく。

 が、今晩は飲むわけにはいかない。翌日の面談の準備の他に、神様とのギャンブルにも備えて、考え直しの必要を感じていたからだ。


 つづく

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