第402話 多少違っていても役に立つ

 何故なら神内はギャンブルにおいては公明正大であろうとする性格の持ち主に見えるし、さらに以前、私が何の情報もなしに使命を果たすのは無理ゲーだからと、神様の存在と介入を教えてくれたじゃないか。

 さっきのハイネの正解が、実は答を見たからだとしたら、同じ無理ゲー認定するのが理屈ってものだ。そうだろ、神内サン?

 ――と、心を読んでくれよ、オープンマインドだぞ今の私はとばかりに、神内の方をじっと凝視してみた。が、無反応だった。くそっ。

 代わりに?ハイネが口を開く。

「膨大な知識の中には、さっきの出題のような数式の問題も数多く積み重なっているのだよねぇ。その中から参考になりそうなものを見付けることができたら、正解まで辿り着くのがとても楽になるという訳だ」

「ず、ずるーい」

 天瀬が相手を指差している。

「そうかい?」

「だって、知識の中にはぴったり同じ問題も多分あるんでしょう? だったら正解を見ているのと同じじゃないの?」

「やれやれ。別に悪く思われたままでもかまいやしないが、相方が不機嫌になってもつまらない。誤解している部分は解いておくとするかねぇ」

 ハイネは神内の方を親指で示す仕種を挟んで、大儀そうに話し始めた。

「膨大な知識はその膨大さ故に、扱いづらいんだよ。ほとんどが系統立っておらず、どんどん積み重なって行くばかりさ。おまえ達人間に分かり易い言い回しをするなら、検索だな。検索の機能が完全ではなく、お目当ての知識を見付けたくてもすぐには無理なのは容易に分かるだろう? だからさっきの問題だって、まったく同じ物は制限時間内には見付けられなかった。ただし、似たような物なら比較的早く検出できる。そうして出て来たいくつかの同類問題の中から一つを参考にして、正解を導き出したという次第さね。これでもずるかえ?」

「うーん……正解を見てないのは信じるとしても」

 天瀬は納得しづらそうに、首を傾げた。私も同じ気分だぞ。

「インターネット並みの知識量を持っているというのは、やっぱりずるい感じがするわ」

「ふん。人間が人間の尺度で思考するのはしょうがない。咎めやしないが、神の尺度というものを受け入れないのなら、話は別だよぉ」

「神の尺度?」

「人間の中にも記憶力の物凄くよい者がいるだろう? ワインを一口、口に含んだだけで産地から生産年からぴたりと当てる奴とか、何年何月何日と指定すればその日が何曜日だったか即答できる奴とか。ああいうのをもっと極端にしたのが、我ら神の記憶力だ。それが当たり前であり、当たり前に持っている物を活用するなというのは理不尽な要求であるぞ」

「……分かりました。了解する。いいでしょ、きしさん?」

「あ、ああ」

 不意に呼ばれてどぎまぎしたが、これ以上揉めるのは本意でない。

 天瀬は一つ頷くと、左手の人差し指を立てて、「ただ、あと一つ、答えてくれませんか」とハイネに求めた。

「何だい」

「どんな式を参考にしたのか、教えてくれますか。さっき使ったばかりなのだから、すぐに出せますよね?」

「なるほどぉ。嘘をついたのではないことの証明だね」

 話しながら、ハイネは解答したときと同様に手をさっと一振りした。テーブルを覗き込むと、新たに文字が浮かび上がっていた。


  0×12+345×6-78+9=2001


「答が2001になる問題なら、他と比べて飛び抜けて多かったから見付けやすくなったようだねえ。西暦二〇〇一年と言えば新世紀だのミレニアムだの何だのと、人間は些事で盛り上がっていたが、そのせいで答が2001になる数式問題も増えたっていう理屈だろうかね。そうそう、見付けたのは左辺の数列が1~9ではなく、0~9になっている点には気付いてるだろうね? ま、この程度の違いは障害にはならない。参考になる数式があれば、あとは簡単、1~9に応用するのはお茶の子さいさいというやつだったね」

 自慢なのか我々を見下しているのか、ハイネは時折饒舌になる。私達との勝負を面倒くさがりながらも、楽しみ――人間をいたぶる――を見出しているってところか。あるいは全てがポーズで、奴の計算尽くの振る舞いという線も捨てきれないが……。こうしてぽろっとこぼした言葉の中に勝つための手掛かりがあるかもしれない。今後そう意識して聞くとしよう。

「さて、それでは攻守交代よ。再びハイネさんからの出題」

 神内がどうぞと促し、ハイネが間を置かずに話し出す。

「リードしているのだから、まだ博打に出る必要はないね。むしろ、手堅く加点しておくべき場面。なれば、知識系のクイズにしましょか。美穂さんは落語には詳しいかね?」

「え? いえ。聴いたことは数えるほどだし、どういうタイトルの噺があるのかもよく知らない……。出題前に下調べするのはずるくないですか?」

「固いことを言いなさんな。最前のおまけ分を、これでちゃらにしてあげるよ。詳しくないのなら、落語の噺に私が出て来るのがあるってことも知らないか」


 つづく

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