第403話 間違い覚悟で一か八か

「死神サンの出て来る落語……」

 きょとんとする天瀬。これは完全に知らないな。私だって偉そうに言えないが、死神の登場する噺で超有名なのがあるのは知っている。そのままずばり、『死神』という演目だ。ハイネが示唆しているのもきっとこれだろう。

「演目の名称は知らずとも、聴いたことがあって中身を覚えているかもしれないねえ。金がなくて自殺し掛けていた男が死神と出会い、助けられるところから始まる」

「死神サンが人間を助けるんですか?」

 心底意外そうに天瀬は言った。ちょっとした悲鳴だ。

「私ではなく、別の死神だがね。その死神は男にある策を授ける。人間の寿命が分かる死神は、死ぬ運命の奴にはそいつの枕元に座り、重病だが生還する奴には足元に座る。死神の姿は男にしか見えないから、男は医者になりきって、診断を下してやればいいと」

「聞いたことあるようなないような……」

「じゃあ、ラスト辺りを言えば思い出すかね。あるとき男は死神を裏切って、死ぬはずの人間を助けた。けしからんねえ。激怒した死神は男を黄泉の国へ連れて行き、火の点ったたくさんのロウソクを見せる。ロウソクの長さは人間一人一人の寿命で、火は命そのもの。消えると死ぬ。そして男は死神を騙した罰として、極々短いロウソクに火を移し替えられていた。慌てた男はどうにかしてくださいと懇願。それを受けて死神は、火の着いていない長いロウソクを渡して言った。これにおまえのロウソクの火を移せば、寿命は延びるよと。男はチャレンジするが手が震える。死神は男を煽る。そして――」

「思い出しました。見たことあります、子供の頃に。多分、小学生のときだったから、かなりおぼろげだけど」

 ハイネが仕種オチを語る手前で、天瀬が言った。

「あれって『死神』という演目なんですね」

「その通り。で、こんなしゃれた内容の話が純日本産であることはなかなかない。実は元になった物語があるとされている。そこで問題だよ。『落語“死神”の元となったとされる物語は、何という話に収録されている?』」

 言い終わるとハイネは神内を見やった。

「これは知識を問うクイズとして認められるだろう?」

「もちろん。何の障害もありません。1ポイントの問題に認定。制限時間は通常通りの三分間で」

「あの」

 小さく挙手したものの、言い出しにくそうに言葉を途切れさせる天瀬。神内が「何?」と案外優しげに促した。

「確認なんですが、『死神』という落語の元になった話そのもののタイトルを答えろ、と言われてるんじゃないんですよね?」

「そうね。――でしょ、ハイネさん?」

「ああ。外国語のタイトルは訳が定まってない場合があるんでねぇ。かといって言語のタイトルを答えさせるのは、最初の取り決めに反する恐れがあるんで、しょうがない」

「あっ、そう言うからには、問いの答の方には定まった訳があるんですね?」

「う……まあ、そういうことになるわな」

 虚を突かれたのが窺われる呻き声のあと、渋々認める死神。その心の動きを想像すると、笑えてくる。

「だったら、ひょっとしたら……」

 天瀬がノートのペンを走らせる。あれっ? 今回のクイズは皆目分からないだろうから、だめ元で適当に答えるしかないと外野の私はあきらめ半分だったのに、彼女の筆運びにはそこそこの自信が感じられた。いや、自信は言いすぎだが、ある程度の理由付けはできているようだ。

「書きました」

「時間は残っているけれども、もういいのね?」

「考えて思い出せるものじゃないし、これ以外に思い付きそうにないから」

「――だそうですよ、ハイネさん。ハイネさんも今度からはノートに正解を書いてもらえます?」

「そうだった。――これでよかろ」

 筆記具を動かす、持ちさえせずにハイネが言った。またまた手をかざすだけで、帳面に文字を浮かび上がらせたようだ。

「それじゃ、両者とも書いた物をオープンして」

 少し早く、天瀬が開いた。遅れて開いたハイネは、今度こそ明らかに驚きの表情を見せていた。

 そう、それぞれの書いた言葉は一致していたのだ。

「えーと、ハイネさんの書いた正解は『グリム童話』で、天瀬美穂さんの解答も『グリム童話』。ということで天瀬さん正解。1ポイントを獲得」

 神内は淡々と、いやむしろ楽しげに弾むような口ぶりで結果を告げた。口角が上がって、笑顔を堪えている様子だ。

「よかった、当たってた」

 ふーっと強めの息を吐き、椅子の背もたれに身体を預ける天瀬。それなりの理屈はあっても、正解しているかどうかはまた別問題だったようだ。ともかく、見事に当てたのは凄い。即座に同点に追い付いたのも大きいんじゃないか。

「知らないと言ったのは本当かえ?」

 ハイネが聞いてくる。気持ちを切り替えようとしているみたいだが、小刻みにかぶりを振ったり、天瀬を差し示そうとする指がかすかに震えていたりと、かなりかっか来ているようだ。確実に1ポイント獲得を画策しておきながらこの結果では、怒りや動揺が出ても無理はない。


 つづく


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