第53話 いつもと違う格好の嫁

 大胆に想像を膨らませてみるとしよう。

 犯人Xは天瀬美穂に狙いをつけた(何を目的としているかはさておく)。が、近所には担任教師が住んでおり、邪魔だ。当然、学校にもその教師はいる。狙いを定めたターゲットの女児とずっと一緒にいるなんて許せない。計画の邪魔でもある担任教師を殺して、そのあとターゲットに接近してやろう。

 Xがこんな妄想に取り憑かれた奴だとすれば……。

 いくら自由な想像でも大胆に過ぎるだろうか。身近で二つの犯罪が別々に進行中と考えるよりは、よっぽど現実味があるように思えてきた。

 仮にこの想像が当たっているとして、Xは私を始末するのをあきらめ、天瀬に手を出すことに狙いを絞ったと考えられる。私を含めた教師を避けるには、下校途中が最も狙いやすい状況に違いない。よって、下校時の監視を強めればいい。

 ただし、この考えにも不確定要素はある。仮定の積み重ねである点を差っ引いても、なお残るのは、犯人Xの手紙の意味だ。

 すなわち――何故、Xは犯行予告とも取れる手紙を寄越したのか?

 黙って決行する方が犯人にとって有利であるのは論を待たない。わざわざ前もって知らせるなんて、護衛を付けろと言ってるようなもの。他に何か狙いがあるのだろうか。

 たとえば……天瀬美穂本人もしくは天瀬家の人達を脅したい、怖がらせたいとか。考えにくいが、念のためだ。今日の放課後、季子さんと話す時間があるようなら、心当たりがないか聞いてみることに決めた。


 朝一の授業で教室に行くと、全員の顔が揃っていた。まずはよかったと胸の内で安堵できる。天瀬もその態度に普段と違いはない。ただ、グレー系統の地味なシャツにズボンという格好は、この時代に来て初めて見たかも。何よりも、長めの髪を今日はお団子にしている。――ああ、季子さんがしたことなのだ。外見を変え、なるべく目立たないように、女の子らしく見えないようにという。

 朝の短い時間にここまで思い付いて実行するとは、ちょっと感動した。それともこれくらい、娘を持つ母親として当然の配慮なのだろうか。

 そのあと、出欠を取るとき、天瀬の反応が気になったのだが、これまたいつも通りの調子に聞こえた。

 何だろう、逆に不安になってきた。天瀬が怒ってないらしいのは嬉しいが、ここまで普段通りだと堂園が今朝言っていたことと合わないではないか。

 まあいい。何にしたって彼女との誤解を早く解かなくてはいけない。休み時間に掴まえてどうにか二人で話せないものかと思うのだが、午前中は授業の並びが悪い。本日月曜は二時間目が体育なので次の休み時間は着替えに取られ、その次の大休みは体育の流れでそのまま遊んで、また着替え。四時間目は視聴覚室を使う授業だったので、教室移動に時間を取られた。

 結局、昼が来てしまった。

 私は決心して、給食の前にまず堂園に声を掛けた。「しおり運び、日直はしなくていいことにした」と。

 続いて学級委員長の長谷井には、ひとこと言っておこうか迷ったが、黙っておくことにした。

 最後に天瀬だ。副委員長の彼女に、「修学旅行のしおり届いたから、給食のあと運ぶのを手伝って」と声を掛けた。彼女はこちらをじろりと見て、一拍おくような感じで「いいよ」と答えた。


 つづく

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