第52話 その噂は違う

 湯村先生は会話の繋ぎが多少おかしくても気にした様子はなく、こちらが期待していることを言ってくれた。

「残念でしたよね。今年はもうあんな怪我、直前になってしないように注意してくれないと」

 どうやらアクシデント的な怪我を負った結果らしい。犯罪がらみでなければ何でもいい、ほっとする。

 天瀬宅に投函された不審な手紙について、話すかどうかは4:6で渋る気持ちが上回っていた。他の児童の家にも同じような手紙が届いていたのなら当然、積極的に伝えるがどうやらそのような事態には発展していないようだ。

 手紙のことを伏せておいて、解決に失敗した場合や大きな被害が出た場合、大問題になるだろうな。私自身はこの解決のために来たと信じているから捨て身になれるが、岸先生が気の毒だと思わないでもない。“彼”に責任を取らせるのは不憫すぎる。その意味でも、絶対に失敗できない。

 やがてうちのクラスの男子、堂園が職員室に来た。日直で鍵を取りに来たようだ。

 鍵は、職員室を入ってすぐのところにあるキーボックスで一括管理されている。日直の児童はそこの鍵を取ってから、担任の元まで来る。

「おはようございます、先生。何かある?」

「おはよう。今朝は修学旅行のしおりが仕上がったから、配ってもらうつもりだったんだが、まだ届いてないそうだ。だから昼休みに頼むことになるかもしれない。でもひょっとしたら、委員長と副委員長に頼むかもしれない。それだけ覚えておいてくれるか」

「うん。それで先生、何で天瀬さんにきつく当たったの? これまで甘かったのを反省したとか?」

「――クラブ授業のこと、噂になってるのか」

 思わずため息が出た。堂園は長めの前髪をかき上げてから頷いた。

「うん、そうだよ。噂って言うか、事実なんでしょ。参加してた長谷井や原田さんが言ってたんだから」

「見たままという意味ではそうだけどな。実際は違う。相手がむちゃくちゃ強かったのを、あの子が一人で早合点している。そもそも、普段から天瀬さんをひいきしてるつもりも全くないぞ」

 今後の自分に掛ける戒めの意味も込めて、宣言のつもりで言った。

「本当に?」

 堂園は案外、疑り深い。そういえば、この男子も天瀬と仲がよさそうなんだっけ。堂園の方も天瀬に気があるのなら、今の先生は敵という訳だ。うーん、通常時であれば、懇切丁寧に説明してやってもかまわないんだが、現状、それどころじゃないからな。正直言って、余裕がない。

「天瀬さん本人はどういう風に言っていたんだい?」

「それは……あんまりはっきりとは。ただ、恥を掻いたのは先生のせい、みたいな感じ」

「そうかあ。天瀬さんには先生が自分で説明するから。間違った噂、広めないでくれよ」

 こう言い含めて、行かせた。堂園とか長谷井辺りが噂を広めると、今以上にこじれて、ややこしくなりかねない。天瀬本人が言いふらしているのではないようなのが、せめてもの救いではあるか。

 問題が山積みで頭が痛くなりそうだ。もちろん、優先すべきは犯罪の匂いが漂う二件――天瀬宅に投じられた不穏な手紙と、私を襲撃したかもしれない小柄な人物――だ。これがせめて一つだったら、いくらかましになるのにな。

「……」

 一つだったら、か。本当にそうである可能性はないのか?


 つづく

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