第383話 間違いのない論法

 何せ、時代が古い。この二〇〇四年に私と同世代の岸先生が好んで唄うには、無理がないか。と言っても、私だってよくは知らない曲だし、いつ流行ったのかも定かでない。

 だが、古いからと言って決め手にはならない。本来の二〇〇四年では十二歳の私でも、微かではあるが知っていた。子供の頃に聞いた覚えはないから、恐らくこれから二〇一九年までの十五年間に見聞きしたんだろう。裏を返せばそれだけ異邦が歌い継がれる名曲だという証。岸先生がレパートリーに入れていても不思議ではない。

 次に古いのは確か、すみれのはず。ただ、この曲はカバーソングで何度か再ヒット、スマッシュを記録したという話を聞いた覚えがある。実際にヒットしているところは記憶にないんだけれども、それだけ何度もカバーされているってことは、やはりこの曲も名曲に入るんだろう。

 うーむ? こんな考え方をしていてはだめかもしれない。時代を超えて語り継がれる曲、なんてものを基準にするなら、一位の花や二位の坂も名曲だ。四位の架橋にしたって、今年出たばかりだから今の段階では名曲としての評価が定まっていないとしても、二〇一九年でもオリンピックの話題が出る度に、しょっちゅう掛かっていた印象が強い。

 他に手掛かりはないか。考えあぐねた私は、静寂に息苦しさを覚えた。その静かさを破るためもあって、ハイネに尋ねる。

「念のために聞くが、勘で答えて正解してもだめなんだろうな」

「言ってませんでしたか。理由も併せて答えてもらいます」

 ということは、考えれば解ける問題なんだな、これ。あきらめてはいけない。

 ……ちょっとだけ、見方を変えてみるのはどうだろう。曲の新しい古いで、その曲を岸先生が知っているかどうかを判定するのは不可能だ。ある曲を流すのがたとえ法律で禁じられたとしても、絶対に聞かなかったとは言い切れまい。

 だけど――縁起でもない表現になるが――たとえば死んだあと発表された曲ならば、絶対に知らない曲だと言える。

 無論、岸先生は死んでいない。そう信じているし、神内だって岸先生がよその世界で暮らしていると請け負ってくれた。でも、こっちの世界においては、岸先生は現状、死んだも同然と言えるんじゃないか。

 私がこの時代に来て、この肉体を借り受けたのは五月十一日だったはず。ひょっとしたら日付が変わる前、つまり五月十日だった可能性もあるが、大差はあるまい。あの日以降、現在までに発表された曲について、岸先生は聴いたことがない。聴きようがない。

 この条件に当てはまる曲が、五つの中で一つだけあるじゃないか。

「分かったかもしれない」

「もう? 時間はまだ半分ほどしか経っていないけれども」

 神内が腕時計を見るポーズをした。もちろん実際にはそんな物、填めてちゃいないのだが。

「もっとぎりぎりまで、じっくり考えた方がよくなくって?」

「いいんだ。さっきからいってるように、賭け代やペナルティのない勝負なんて、あんまり意味がない。手早く終わらせて、少しでも多く休息を取る」

「いいんですかぁ?」

 死神が言った。自ら持ち掛けてきておきながら、手指をいじって退屈そうにしている。

「解けたと口に出してしまったのなら、もう遅いですがね」

「遅いだと。どういう意味でそんなことを言う?」

「私はそちらの手の内、実力をこの目で見届けるために仕掛けたことをお忘れのようで。分かっても分からないふりをして、時間いっぱい考えるポーズを取るのがここで取るべき態度だったんじゃありませんかねえ」

「そんなもの、解けるかどうか分からないのに、計画的に行動できるものか」

「と受け答えしつつ、実はこのあとの解答で、わざと間違った答を言おうと、心変わりしたんじゃありませんかー?」

「なるほど、それもよい手だな。だが、そこまで見透かされているのであれば、何をしたって無駄と思うからあきらめるとしよう」

 ハイネからの揺さぶりに、内心、迷いが生まれていたことは指摘された通りだ。つくづく、盤外戦、心理戦の好きな奴だ。こういうタイプって、本戦では意外と脆いのがキャラクター設定ではありがちなんじゃないのか――なんて期待は端からしていない。

「そうですか。ならば聞かせてもらうとしましょ。答とその理由を」

「あんたが改竄したというのはランキング四番目の、NHKのオリンピック公式テーマソングだ。間違っているか?」

 どうだと指差してやった。が、ハイネにはのれんに腕押しなのか、

「理由を先に聞きませんと、判断のしようがないですねぇ」

 余裕を持って受け答えされた。

「理由は単純明快だ。岸先生が本来の状態である時点では、まだオリンピックのテーマソングは公開されていなかった。公開は、私がこの時代に来て岸先生の身体を借りて活動を始めたよりもだいぶあとだ」

 初めて公開された正確な日にちなんて覚えていないし、曲としての発売日がいつであるのかも把握していない。でも、私がここに来て以降なのは確実である。これで外れだとしたら、岸先生の知り合いに公式テーマソングの情報を早くから知り得る立場の人がいて、そいつが岸先生に公開前に漏らしたなんていう超レアケースぐらいしかないだろ。


 つづく

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