第382話 事実と違ったベストファイブ
「あっと、それくらいは守りますよ。神内さんと違って、このハイネのような死神は信用されないようで、悲しいですねぇ」
耳障りの程度がアップしているハイネの返事。粘っこい上に、一人称が当人の名前というのはかんに障る。私は渋い物を口に含んだときみたいに、しかめっ面になった(と思う)。
「約束を違わずにしてくれるのならいい。よし、ハイネ。問題を聞こうじゃないか」
「せっかちですねえ。余韻に浸る余裕もないんですか」
「早く休みたいだけだ」
さあ、と両手を上向きに腕を開く。ハイネはギザギザのノコギリ歯でも持っていそうな口を動かし、出題してきた。
「先ほど、と言ってもすでに数時間経過していますが、あなたはあなたの借りている肉体の持ち主のある嗜好について調べましたね」
「ややこしい言い回しをしているが、要は岸先生の好みの曲のデータを見た件か?」
頭の中でベストファイブを思い出そうとする。ちょっと時間を要したけれども、ランキングの五つの欄は埋まった。
「それです。実を言えば、岸先生のデータの一部を前もって、改竄していたんですよ」
「えっ。あのデータはでたらめだったのか」
「いえいえ。一部の改竄にとどめました。確か好んで唄う曲のランキングでしたかねえ。五曲ある内の一つは、岸先生が好きでも何でもないのに、我々が潜り込ませた歌曲でして」
「何のためにそんなことを……」
「機会があればあなたと遊ぶときに役立つのではないかと。日本語で何と言いましたっけ。転ばぬ先の杖というあれのつもりでした。幸い、早々に現実のものとなった訳ですよ」
その慣用句の使い方はちょっとだけ変だぞ。充分に準備していれば失敗しないことを言い表しているのだから、“私と遊ぶ行為”が失敗ということになってしまう。
それはさておき、本番での対決でも、この手の問題を用意しているんだとしたら、厄介なことになりそうな予感がする。いや、まだ出題されたばかりで、どんな仕掛けがあるのかまったく分かってないのだが、記憶と常識と理屈が物を言いそうな複雑さをひしひしと感じる。
「どうかしましたかぁ? 黙り込んで。もう考え中で?」
「もちろん考えている。制限時間はあるんだろうか」
「うーん、どうでしょう。私はもうあのお嬢さん――天瀬美穂の夢に出ることもかなわなくなり、暇を持て余すと思うので、いつまでも待ってもかまわんのですがね。しかし四番勝負の日取りも決めたことだし、延々と悩まれても支障が出るというもの」
「今回、別に失う物はないんだから、私だってそこそこ考える時間をもらえさえすればいい。時間切れになったときは、素直に負けは認めるさ」
「では、五曲分の時間でいかがか」
「その五曲とは当然、ベストファイブに挙がった五つのことか。それでいいが、曲の演奏時間の合計が何分になるか私には分からない。」
「私らも同様でして。調べてもいいんですが、複数のバージョンがある等したらややこしくなるので、一曲……そうですねえ、四分として計算してくださいぃ。つまりは二十分間。さあさあ、たった今からカウント開始だ」
幽霊を連想させる手つきで、ハイネはスタートのフラッグを振る仕種をした。ストップウォッチも時計もないのに、どうやって計測するんだと引っ掛かりを覚えつつ、私は問題の検討を本格化させる。
が、その矢先、神内が声を掛けて来た。
「四分おきに例の時報を聞かせてあげましょうか」
「例の時報? 何だそれ」
問題を解くことに集中したいせいもあって、さして深く考えずに聞き返した。対する神内が「これよ、これ」と応じたかと思うと、いきなり脳内に、ぴ。ぴ。ぴ。ぴーん!という電子音タイプの警報が鳴り響いた。
「うわっ」
両耳を手で押さえる。が、内側から聞こえてくるそれのボリュームは変わらないようだ。そして遅ればせながら思い出した。以前、神内とギャンブル対決したときのことを。
「これって、三秒経過を表すための――」
「そう。これの“ぴーん!”がちょうど毎四分経過に重なるように鳴らしてあげる。時間切れになる二十分の直前には、三十秒前からにしましょうか」
「いや、いい。邪魔だ。かえって集中できなくなる」
「そう」
神内の返事がどことはなしに、しゅん、としたものに聞こえた。私は机の表面に、曲名を指で書き、そのまま試行錯誤を続行するつもりだったが、もやもやが残ってうまく進まない。面を起こすと、神内に向けて言った。
「気持ちだけありがたく受け取っておく。神内さん、あなたのフェアプレイ精神には敬意を持っている」
「――それはどうも。でも、神には常に敬意を払ってくれなきゃ」
声の調子が心なしか明るくなったようだ。これで私も気懸かりなく打ち込める。
さて。
ここまで曲名を書かずに来たので、以降も曲名なしで通したいが、記述が難しくなるので略称を五曲それぞれに与えるとしよう。一位が花で二位は坂。三位すみれ、四位が架橋、五位は異邦とする。
この中で最初にうん?となったのは五位の異邦だ。ハイネに改竄の事実を告げられるよりも前、ランキングをデータで見たときから多少の違和感があったくらいだ。
つづく
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