第361話 違う“好き”でも悪くない
とはいえ、時間も気にしなければいけないので、じっくり考えている余裕はない。若干、ぶっつけ本番気味になる。
「天瀬さんはオカルト、信じてる?」
「どちらかというと信じてない。そういう怖い話や不思議な話は嫌いじゃないっていうレベル。占いくらいは信じてもいいかな。たいていの人はそうじゃないですか?」
「まあ、大人子供、男女の区別なしに、それが平均的かもしれない。で、そんな傾向だった天瀬さんが、夢に出て来た死神は信じるってなったのは何で?」
「信じるとは言ってないよっ」
きつい調子で否定された。
「実在するんじゃないかって信じられるくらい、リアルな死神だったって言っただけ」
「そうかそうか。すまん、言い直す……どの辺がリアルだった? 先生にも死神の存在を信じさせるつもりで説明してくれないかな」
「そう言われても夢だし、起きた瞬間に細かいことは忘れてて。だから長谷井君にもうまく説明できなかった気がするのよね。もう、今思い返しても悔しい」
おいおい、最後の辺り、友達相手に話すみたいになってるぞ。悪い気はしないが、節度は保っておいてくれよ。
「記憶に残っている、忘れられない部分はあるんじゃ?」
この問いに対する天瀬の返答は、先に私が長谷井から聞き出したのとほぼ同じだった。長谷井は天瀬から聞いているのだから当然だ。
四番勝負につながる何かが掴めたらいいなと、ほのかな期待を抱いていたが、どうやらあきらめるほかなさそうである。
「とにかくでっかい鎌がインパクトあった。魂を刈り取ると言うよりも、頭をはねるような……形は全然違うのにギロチンを連想したくらい」
天瀬に限らず、小学生のそれも女子の口から血なまぐさい言葉が次々と飛び出すのは、聞いていて居心地が悪くなる。おとぎ話は実は残酷だと言われるが、それと似た感想が脳裏の片隅を占めた。
「夢の中で死に神は鎌を使ったのかい?」
「使ったって言うか、振るったり切ったりはしてなくて、私の首筋に尖った先をちくちく当てる感じ?」
寒気が来たのか天瀬はコップを床に置き、彼女自身を両腕で抱きしめた。思い出すと恐怖がぶり返すようだ。このまま話を続けていいものか迷う。反面、時間経過にも留意せねば。近くの窓を窺うと、外は急に暗くなっている。太陽が完全に沈んだのではなく、天気が崩れつつある? おかしいな、そんな予報、出ていたっけ?
「あー、そんなことされたら恐怖感も現実味を伴うだろうし、本当にいるかもと考えて当たり前だ」
私は当初の予定通りの答を口にした。死神にはまだ会ったことないが神様の類が実在することをすでに知っているし、ある意味気楽に肯定できる。
「先生も思う? ほんとに? 相手が子供だからって気を遣ってるんじゃない?」
「本心から思うよ」
「よかった!」
自身を抱きしめていた腕を解くと、天瀬が飛びついてきた。まったくの予想外の行動に構えが追い付かず、中腰だった私は後ろに、こてっと倒れた。
「あたた……」
「岸先生、だから好きよ」
「――ん?」
痛がっている間に、天瀬から出た台詞。耳から脳に届いて咀嚼するまでちょっと時間を要した。
密かに深呼吸して、息を整える。
さすがに、十五年後の天瀬はこんな言い方はしない。だいたい、意味合いが違う。愛しているの同義語ではなく、教師の中では好きな方だよぐらいのニュアンスだろう。けれども、それでも嬉しくて軽い興奮を呼び起こされたのは、久しぶりに天瀬美穂からこの手の言葉を聞けたから、というのが大きいのかもしれない。加えて、彼女は私に飛びつき、身体の上に乗っかっていたんだしな。
「とりあえず、降りてくれるか、天瀬さん」
「はーい、ごめんね先生」
小ウサギみたいにぴょんと跳ねるようにして離れると、元いた座布団の上に収まる。それから麦茶の残りをいくらか飲んだ。私も飲みたいくらいだ。
「それで? 天瀬さんは実際の生活に影響が出てるの?」
「長谷井君と喧嘩したくらいだよ」
「そういう意味ではなくって、だな。体調は?」
「特別、悪くはなってないですよ。これくらいのことで体調を崩したりなんかしないでしょ、普通」
六谷の立場がなくなるような話に、私は曖昧に笑みを返す。
「死神が夢に出て来たのは一回きりか? その後も出て来たのかな?」
「覚えているのは三回ぐらい。長谷井君に話したあとは出て来てないかな……」
「鎌でちくちくやられたのは、三回ともなんだろうか」
「それも記憶がごちゃごちゃなんだけど……二回はあったと思います」
「一回目と二回目とで違いはあったのか、同じだったかは覚えてる?」
「ねえ、先生。どうしてそんなこと、根掘り葉掘り聞くの?」
持って当たり前の疑問だよなぁ。いよいよとなれば、「同じように死神の登場する夢を見た人が身近にいるんだ。だから気になってね」ぐらいの返事をするつもりでいるが、あくまでも最終段階。あっさりそんな答を言ったら、小学生の天瀬が本格的にオカルトにのめり込む可能性、なきにしもあらずだろう。それだけは回避せねば。
つづく
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