第362話 交通手段、違ってた

「まあ、心理分析と夢占いを合わせたようなものだよ。もしかすると悪夢を見る原因に想像が付くかもしれない」

 我ながら適当なことを言ってるな。嘘も方便、緊急避難的行為だから許してもらおう。

「そうなんだ? じゃあ思い出してみる」

 目を瞑り、ほんの少ししかめ面になる天瀬。健気にも思い出そうと頑張ってくれている。その時間は意外と短く、十秒あまりで済んだ。

「一回目は大きな鎌でちくちくされて、二回目も最初は大きかったんだけど、途中から小さくなったわ」

「ふうん? どのくらいの大きさなんだろうか」

「えー、ごく普通としか言えないわ。お米農家がお米を刈り取るときの映像を見たことあるけれど、あれと同じくらいのサイズ」

「それなら分かる」

「あとね、小さくなった鎌は操りやすくなるのかな?って思えた。ここの天井ぐらいの高さをふわふわ飛んでいたから。自由自在にっていう風に見えた」

「飛ぶのか」

 厄介な予感がした。四番勝負どうこうとの関係は棚上げにするとしても、そんな飛び道具を持った相手は強敵に違いない。

「飛ぶって言うか浮かぶって言うか。ヘリウムガスの入った風船を、糸で引っ張ってる感じ?」

「なるほど、イメージできたよ」

「それで、おしまいには首の後ろを突っつかれた。そのときの鎌は小鳥サイズになってたと思う、はっきりとは見てないんだけれどね。真後ろで、怖かったから振り返りたくても振り返られなかった」

「へえ。話を聞く限り、死神は鎌の大きさを好きなように変えられるみたいだね」

「ひょっとしたら、本物の死神にもそんな能力があるの? 聞いたことないけど」

 夢で見た死神を本物と判断する強力な証拠になるかもという期待が、全身から発せられる天瀬。だけど私は彼女の前で頭を横方向に振るしかない。

「同じく、聞いたことないな。僕の浅い知識じゃ、ないとも断定できない。魔法使いと同じような存在だと考えてみれば、魔法で縮めるくらいはやりそうだけどねえ。大きな鎌なら持ち歩くのが不便極まりない、そこで小さくすればポケットにでも入れておける」

 天瀬をがっかりさせるだけにならないよう、色んな可能性に言及しておく。

「そして人の魂を刈り取るときには取り出して、大きくするんだね」

 天瀬は私の言葉に付け足すようにして言った。

 それ、余計に怖がらせると思って私が言うのをやめたフレーズとほぼ同じなんだが。天瀬の様子は割と平気に見える。

「無理してないか? 死神、怖いんだろう?」

「うん。思い出したら震えが来るくらい、まだ怖い」

「それにしては今しゃべっている天瀬さんは笑顔だし、快活というかはつらつとしているように、先生の目には映ってるよ」

 だからこそ、無理をしていないのか、ストレートに尋ねたんだが。

「最初の頃に比べたら、だいぶましになった。これって無理してないよ」

 時間の経過とともに徐々に薄らいで行っている、ということかな。この分なら十五年後の天瀬も、勝負を投げ出すようなことはないと期待できそうだ。

 あれ? でも六谷はまだダウンしているんだっけ。怖がりかどうかで違ってくるのかもしれない。

 そんな分析もどきを胸の内でしていた私の耳に、天瀬の返事の続きが飛び込んで来た。

「岸先生が信じてくれたからだよ、きっと」

「え? ということは、怖さが和らいだっていうのは今ここで?」

「そうなるのかな。頼りになる、とっても安心できる空気、雰囲気? うーん、言い表しにくいけど、先生のそういうところ」

「……」

 嬉しい言葉だとは思うんだけど、岸先生に対してだもんな。中身が“私”とはいえ、天瀬からこの評価が与えられたのは貴志道郎ではなく、岸未知夫。ちょっと、いや、かなり悔しい。

 結婚するという未来が待っていると分かっているのに、こんなにも不安にさせられるのは、未来が変わる可能性があるから……だけでなく、単純に嫉妬しているんだと思う。そしていくら“私”が努力して頑張っても、岸先生への評価につながるというジレンマ。焦燥感に苛まれるってやつだ。

「――あっ、降ってきた?」

 突然の天瀬の声に、思い悩むのを中断してはっとなる。

「何だって?」

「雨だよ、雨! 先生、外、凄いことになってない?」

 言われて、遅まきながら気が付いた。窓ガラス越しに見える外は暗くなっており、ぐるぐるごろごろと音が轟く。かと思う間もなく、そこへ雨音が被さった。大粒の雨が、地面やアスファルト、屋根やコンクリートを激しくかつ間断なく叩き始めた。

 天瀬は玄関の扉を押し開けようとしているが、できないようだ。風に押されているのかもしれない。

「やめときなさい。危ない。下手したら指を挟む」

「でも、自転車が濡れちゃう」

「ううん? 歩いて来たと言ってなかったか?」

「だから、自転車を押して歩いて来たのっ。前かごにカレーのお鍋を入れて、そろりそろりって」

 鍋を直に持って歩いた方が速いし、安定させ易い気がするのだが。こんな些末なことに何だかなとは思ったけれども、その旨を聞いてみた。

「鍋を両手に持って歩くのって、何だか見られたら恥ずかしいと思って」

 うーん、分かるような分からないような。


 つづく

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