第293話 違う未来に進みそう

 それにしても長谷井には驚かされた。彼の今の言い回し、九文寺に気を遣わせないでおこうとの狙いが含まれているのだとしたら、長谷井は小学六年生にしてかなり“できるやつ”と言えそうだ。以前は、鈍感だなと思ったこともあったのに、急速に進歩してる?

 実際、彼の言葉が最終的に九文寺の背中を押したようである。

「じゃあ、一緒に」

 そう応じると、九文寺は天瀬達の輪に自然に入った。みんなで、土産物売り場のコーナーの場所をリーフレットで確かめつつ、わいわいと楽しげにしゃべりながら先へ先へと行く。

 私と吉見先生は彼らを見失わないように、あとを追った。

「いいですね~」

 楽しそうに、と言うよりも幸せそうな口ぶりで吉見先生が呟いた。目は子供達の背中を見つめている。

「異なる学校の子同士でも、ああやってすぐに仲よくなれるのって」

「そうですね。大人ならあそこまで早くはない」

「ふふ、岸先生も赴任してきた当初は、随分と固かったですもんねえ」

「――でしたっけ」

 岸先生としての昔話に触れられると弱い。何せ、私にはその記憶が全くないのだから。

「慣れていない点を割り引いても、かちこちなのが目に余りましたよ」

「ああ、そういう固い、ですか。僕はまた、他人に対して壁を作るという意味かと」

「紛らわしくてすみません。あれは壁ではなく、どこからどう見ても緊張でした」

 愉快そうに思い出し笑いを浮かべている。うーん、何か失敗をやらかしたんだろうか、岸先生。気にはなったが、藪をつついて蛇を出すこともあるまい。話題を換えることにした。

「あ、あそこが土産物のショップみたいだ。僕らも何か買っておきます?」

 子供達が中に入っていくのを見て、言った。

「そうしましょう。――ここの宇宙食がおいしくないんですよね~」

 回転式の陳列フックに掛かった、宇宙食と称するフリーズドライ?食品のパッケージを手に取る吉見先生。この手の宇宙食なら、私も口にしたことがあるが、まあ、おいしい!というような代物ではなかった。味よりも物珍しさが先に立って、「へえ、ふうん」で感想が終わるのがたいていの人に当てはまるんじゃないかな。販売しているところの近くまで来て、おいしくないと言うのはどうかと思うが。

「あっ、新しいのが入ってる!」

 吉見先生が子供みたいに声を上げた。後ろから尋ねてみた。

「新しいのって、宇宙食の新メニューですか」

「はい。この科学館では、たこ焼きは今までなかったんです、確か」

 そうして嬉々として選び取った。新しい物は試したくなるタイプなのね。

 宇宙食とは別の一画では、災害時用の非常食も売られていた。お湯もしくは水を入れて戻すタイプで、さっきの宇宙食よりは本格的と言えそう。いつからかは知らないが、二〇一九年の時点ではもう宇宙食もこの非常食のような物に置き換わっているはず。それを思うとやっぱり十五年間の差を感じるし、技術の進歩は凄い。

 さて天瀬達はどこだとショップスペースを見回すと、じきに見付かった。ポップなどから恐竜や化石を扱うコーナーのようだと分かる。

「それいいかも」

 天瀬が持っているキーホルダーかストラップの恐竜グッズを、九文寺が指差している。近付いていくことで、それが恐竜とその卵から孵ったばかりの子をデザインしていると分かった。親子の情愛を表しているのなら、ふさわしいかもしれない。無事に戻って来た子に渡すプレゼントとして。


 お土産を買い終えると、九文寺薫子は先に言っていた通り、帰路に就くことに。再入館は認められていないシステムなので、我々とは館内でお別れした。

「今日はありがとう。近い内に学校交流で会える日を楽しみにしています」

 丁寧にお辞儀をして九文寺は去って行った。委員長か児童会長のイメージだなあ。六谷はこういう女子がタイプだったのかと密かに思う。無論、初対面の私達に対していきなり素を全部見せるとも思えないけれども。

 堂園が最後まで彼女を見送っていたのも印象に残った。天瀬や長谷井と違って、恐らく九文寺とまた会うことはないだろう。名残惜しいのは分かるが、あれほどとなると、やはり堂園も九文寺薫子に好意を持ったに違いない。将来の六谷と九文寺との関係に影響を及ぼすとは考えにくいけれども、念のため、心に留め置く。

 うーん、不確定要素が日々増えていくのが実感されるな。六谷の使命である九文寺薫子を救うためには、早く神様とギャンブルした方がいいのかもしれない。尤も、早くしようにも、天瀬に降り懸かるという危機を今一度防がない限り、次の段階には進めないのだけれども。

 さて、話を日常に戻すと、私としてはこのあとも天瀬達と館内を見て回るつもりでいたのだけれども、吉見先生が予定通りの進行を希望した。確かに、私と吉見先生はすでに、ざっとではあるが展示を見ているが、予定通りというのはどうだろう。

「子供達に見られたあと、二人で乗用車に収まって別の場所に出掛け行く、というのはまずくありませんか」

 今日、吉見先生と出掛けると決めた時点で心配していたことが、現実のものとなっているのだ。


 つづく

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