第294話 予定が違ってくるのは予想通り

「ええ。最初からそれは心配していたことですから。先生にはバスで次の停留所まで行ってもらって、そこで私の車に乗り換えるというのはどうですか」

 意外と(悪)知恵が働く。

「悪くないアイディアだと思います。ただ、交流行事に参加する予定だった子達に記念になる物をと言うのでしたら、ここで決めてもいいかもしれないなー、とも思ったんですが」

「なるほど。長谷井君や天瀬さんには、二人が買ったのと被らない物を選べばいいんですね」

 暗に、よその店で選ぶべきと言われている気がしないでもない。私が返事に窮していると、近くのパネル展示を見ていたはずの子供達三人が戻って来た。天瀬が私の服の裾を一度引っ張る。

「ねえねえ、岸先生達はこのあとどうするの?」

 う。いきなり直球が来た。長谷井が質問のあとを引き継ぐ。

「まだ回ってないところがあるんだったら、一緒に見て行かないかなと思って」

「で、予定があるのなら、その、厚かましいんだけど」

 再び天瀬。

「さっき聞こえたんですが、吉見先生の車で来てるんでしょ? 私達も乗せていって欲しいなあって」

「え?」

 これには吉見先生が声を上げて、私と顔を見合わせた。それからすぐにまた天瀬に視線を戻す。本人達も言っている通り、厚かましいお願いだが、私と吉見先生の仲を探ろうという意図があってのことなのかしらん。

「どういうこと?」

「面白そうな場所なら、私達も行ってみたい」

 答える天瀬の目には、他意は感じられない。

「普通よ。街中に出て、ショッピングモールに行くだけ。あなた達も行ったことあると思うけれども、それでいいの?」

「いい」

「それに送ってもらえるのなら、さっき買うのをあきらめた物も買えるし」

 堂園がショップの方を振り返った。

「あきらめたって何でまた」

「かさばるから、持ち歩くの面倒だなあって」

 そんな商品あったっけと店内の様子を思い描く。望遠鏡セットじゃないよな。小学生がお小遣いで買うには相当高額だ。科学実験キットが何種類かあったようだから、そっちの方かな。あれなら望遠鏡よりはだいぶお手頃だ。それでも小学生が買うにはちょっと高い気がする。

 あー、でも堂園はここに来られるのは今日が最後になる可能性がある。少なくとも当分、お預けだろう。だから多めに小遣いを持ってきており、親御さんからも使う許しを得ているのかもしれない。

「それなら、帰り道にここにまた寄ってあげることもできなくはないけれども」

「そんなに時間は潰せません」

 きっぱり言ったのは長谷井。いや、吉見先生が何時頃帰途に就くかなんて、私も含めて誰も分からないはずだが。

「どうします?」

 吉見先生が聞いてきた。微苦笑に満ちたその顔つきは、我々二人きりでの行動をあきらめたように見える。

 私も惜しい気がしないではないが、天瀬をはじめとする子供らに誤解される方が怖い。ただ、ここで下手に意思表示すると、吉見先生を無碍に袖にしたような形になって、彼女から呆れられる恐れもある。現状の距離感がちょうどいいと思っているので、変化は避けたかった。だからずるいけれども、下駄を預けることにした。

「どちらでもかまいません。吉見先生の判断にお任せします」

「そうですか。うーん」

「あの、これは考え方の一つですが……今日は元々、子供達を引率する予定だったんだと思えば、すっきりするかも」

「――それもそうですね」

 ふふっと笑って、吉見先生、決心が着いたようだ。

「じゃあ、条件を出しましょう。このあとお昼時になって、子供達にランチをおねだりされたら、岸先生のおごり。それでいいですね?」

「え、それはどうかと」

 岸先生に散財させるのは気が咎めるなあ。子供達の食べっぷりも、修学旅行で目の当たりにしてるだけに。下駄を預けたつもりが、鼻緒の修理を求められた気分。

「ま、ファミレス辺りなら大丈夫だと思います」

 結局、承諾した。神様に頼んで、宝くじの当選番号、こっそり教えてもらえないかな。番号だけ分かっても入手が難しいか。じゃあ競馬だな――などとばかなことを思いながら。

「乗せていってあげられることになりました。先生達は自由研究の展示コーナーはもう見たから、あそこを先に回ってくれたら、そのあと合流するわ」

「先生達は待ってくれてる間、どうするの?」

「連絡。あなた達のお家の人に事情を伝えておいた方がいいでしょう」

 段取りよく進めていた吉見先生が、こっちを向いた。

「岸先生は各ご家庭の番号、分かります?」

「いえ。ご存知の通り、携帯端末をまだ持っていませんし、クラス全員の番号を覚えていられるほど記憶力はよくないので」

 かような流れで、天瀬、長谷井、堂園からそれぞれの番号を聞いてメモを取って、彼らを送り出した。ただ、これなら時間を取ってもいいから子供達自身に電話を掛けさせて、そのあと交代すればよかった気もする。

 ところが吉見先生から携帯端末を借りて各家の固定電話を掛けてみても、出てくれたのは堂園家のみ。とりあえず事情を話して了解を取り、ついでの形になったが転居先での新たな出発をお祝い申し上げて通話を終えた。

「さて、あとの二軒、つながるまで掛け直さなくては」

「あとでもかまわないと思いますよ」

 吉見先生がぽつりと言った。


 つづく


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