第295話 惚れられたつもりが違ってた?

「え? どうして」

 一瞬、どきりとして聞き返す。

「長谷井君と天瀬さんどちらのご家族も、用事を入れてしまっていたんじゃないかと思うんですよね」

 分かっていたような口ぶりで答えた吉見先生。その台詞を噛み締める内に、私にも理解できた。

「ああ、そうか。交流行事中止の余波だ」

「でしょうね。長谷井君と天瀬さんは代表児童で家を出ることになっていたのだから、ご家族の方達も外出を伴う予定を組んでいたんですよ、きっと」

 堂園家だけつながったのも理屈が通る。

「吉見先生、分かっていたのなら、電話なんて後回しにしてよかったのに」

「いいじゃありませんか。予定が大きく変わるんだから、もう少し岸先生と二人で話せる時間を作りたかったんです」

「何か緊急の大事な話でも?」

「緊急ではないかもしれませんが、大事な話です」

 吉見先生はレストスペースの椅子に腰を下ろすと、私を見上げてきた。

「先生。柏木先生とはどうなっています?」

 え?

 予想もしていない名前を出されて、困惑が一気に頭の中を占めた。

「ご質問の言わんとするところがよく見えないのですが……」

「文字通りですよ? 率直に言った方がよろしければ、お辞めになった柏木先生とはどこまで進展しているのかと」

「ちょっちょっと待ってください。僕と柏木先生とは付き合っていることになってるんでしょうか?」

 率直に言われたせいもあって、こっちも思わずストレートに聞き返した。

「お付き合いされていたかどうかは分かりませんでしたけど、好意をお持ちではありません? その上で、柏木先生がお辞めになったのは、もしかするとそちらの方面での布石かもしれないと、ふと思ったものですから……違いました?」

 目をくりくりさせて問うてくる。私は額に片手を当てた。心理的に頭が痛い。布石の使い方が微妙にずれているような気がするが、ニュアンスは伝わって来たのでよしとしよう。それにしてもまさかそんな風に見られているなんて。

「違います。全然、付き合いと呼べる状態になったことはありません」

 断言してから、はたと思い返す。私がこの時代に来る前の時点で、岸先生がそれなりに柏木先生と親密になっていたとしたら、吉見先生が勘違いする可能性はあるし、私は何も言えなくなるではないか。

 いやいや、待て。もやもやデータがあるじゃないか。岸先生自身のデータを除いたときに、柏木先生は好きな異性の上位にこそランク付けされていたが、付き合っていた証拠はどこにもなかった。そもそも、柏木先生が私に接する態度、あれはどう善意に解釈しても、結婚を見据えて付き合おうかという男女関係のそれではなかったぞ。やはり両先生の間には何もなかったと見なすのが妥当だ。

「そうなんですか? てっきり、職場結婚は周囲から色々と言われてうるさいから、避けるために柏木先生がお辞めになったのかと。修学旅行のときも、どこかで柏木先生と密かに会うんだろうなって見てました。彼女、今は大阪にいるんですもの」

「いえ、そんなことはないです。想像力豊かすぎますよ、吉見先生」

「でもないですよ。だって、柏木先生が辞められた当初は、皆さん陰で言っていましたもの」

 知らなかったのは私だけってか。たとえ冗談半分だったにしても、無責任な噂を立てるのは困ったもんだ。

 ――ということは。

 吉見先生が今日、私を熱心に誘ったのは、柏木先生との仲について探りを入れる、あわよくば真相を聞き出すという目的があっての行動だったのか? 何とも言えない徒労感が……。

「どうかされました?」

 いつの間にか項垂れて、ため息をついていた私を、吉見先生が立ち上がって覗き込んで来ている。

「別に何でも。つかぬことを伺いますが、吉見先生にはいらっしゃるんですか、お付き合いしている方が」

「え? いいえぇ」

 何故か明るい調子で否定された。まさか旦那さんがいるとかじゃあるまい。それならそれでデータとして見えるはず。

「そんな人がいれば、降ってわいたお休みの日を、もっと有効に活用するに決まってるじゃありませんか」

 その理屈で行けば、私が柏木先生と付き合っていないことも自明だろうに……ああ、でも反論したら、遠距離だからとか言い出すんだろうな。

「だけど、岸先生が完全にフリーなんでしたら、ちょっと考えようかしら」

「まじですか?」

「ふふふ。さて、どうでしょう」

 吉見先生は謎めかした笑みを残して、元の椅子に座り直した。


             *           *


「家に電話しても誰もいないよって言わなくてよかったのかな」

 展示を見ている途中で、天瀬が不意にそんなことを言い出した。

「番号を聞かれたとき、それは思った。僕のところも出掛けているから」

 長谷井が応じる。家族が在宅している堂園は「何の心配だよ」と不思議がってみせた。

「今、電話してもつながらないって話」

「だいたい、今すぐに電話しなくてもいいと思うんだけどな。担任の先生に付いていくだけなんだから。事後承諾、だっけ。あとから連絡するだけで充分だよ」

「あれ? 委員長も副委員長も直接電話しなかったのを、そんな風に受け止めてたのか」

 意外に感じながら堂園は展示物から目を離し、振り返る。

「堂園君は何か他のことを思ったの?」


 つづく

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