第292話 学校は違っても

 でもまあ、私だって偉そうな口を叩けたもんじゃない。天瀬に関する話になると行動を制御するブレーキが緩みがちになる自覚はある。

 とにもかくにも、このあとどう出るかを決めなくては。九文寺と天瀬達が何やらおしゃべりを始めたのを横目に見つつ、私は頭の中で必死に考えた。

 多分、このチャンスを見送って、「じゃあ次の交流行事で」と別れるのが一番穏便な選択なんだろうと想像する。問題の先送りとも言えるか。

 だがしかし、である。元々の腹づもりでは、催されるはずだった交流行事において、天瀬に九文寺薫子と親しくなってもらって、連絡先を聞き出そうという段取りを思い描いていたのだ。

 交流行事がなくなった代わりに、こうして知り合う機会が巡ってきたのは、なるべく過去を変えないでいようとする、時間のうねりの“意思表示”なのではないだろうか。最初の思惑通り、ここで知り合っておけよというサインだとすれば、応えなければいけない。

 ただ悲しいかな、所詮一人の人間が短い時間考えたくらいでは、何が正しいのかなんて理論立てて決められるはずもない。

 だから私は直感に従って決めた。話が弾んでいる様子の四人の小学生の一人に、「天瀬さん」と声を掛ける。

「先生、何?」

「折角、こうして知り合えたんだ。交流行事の延長だと思って、ちょっと前倒しになるけれども今から連絡先を交換しておくのはどうだろう?」

「うん」

 天瀬は素直な返事を寄越した。

「私もそう思って、もうとっくに交換したよ」

「あ、そうだったか」

 凄いな、現代っ子(十五年前だが)。打ち解ける早さに驚かされる。未来から来た自分だけが場をコントロールできる、なんて思っていたら大間違いだな。肝に銘じておかなくては。

「九文寺さんは一人で来たの?」

「一人。急に決まったことだったから」

「このあと、一緒に回らない? 他のコーナー、もしまだ見てないんだったら、だけど」

「うん……一緒に回りたい。けど、実はもう回っていて。朝一番に来たから。テレビのニュースやワイドショーを見るのがしんどくて」

 言っている意味が分からない。迷っているのは伝わってくる。当の九文寺は堂園の方を見た。

「あ、富谷第一の子がさらわれたっていう事件、あれの被害に遭ったのが九文寺さんの友達だって」

 堂園のいつもより小さくて低い声での説明で、九文寺の話した意味が理解できた。そうか、誘拐事件の被害者は、代表児童の枠を争ったであろう九文寺薫子と仲がいいのか。六谷が未来からこの時代に来たことで過去が変わったんだと九文寺が知ったとしたら、どういう思いを抱くんだろう。過去が変わっていなければ、誘拐はきっと発生せず、その友達は代表児童を務めて、平穏無事に過ごしていたに違いない。でも、過去が変わらなかったら、九文寺はその友達とは知り合えていなかった可能性が非常に高い。

 考えても詮無きことかもしれない。今はその友達の無事の帰還を喜ぶのが一番だと信じる。

「大変だったでしょう? お友達もあなたも」

 ふと気付くと、吉見先生が声を掛けている。小学校の校医として黙って見てはいられないらしい。

「悪いのは事件を起こした人なんだから。他の人は責任を感じる必要なんて、全然ない。友達が辛い目に遭っているときに自分は知らずに楽しいことしていたとしても、それは誰のせいでもないから」

「はい」

「それでももしも考え込んでしまうことがあったら、遠慮なく周りの人に言うのがいいかな。大人の人はきっとみんな分かってくれるし、助けてくれる」

「……実はお母さんが、私が一人で出掛けることを心配していて。友達のこともお母さんのことも気になっていて……やっぱり、早めに帰ります」

 吉見先生は九文寺の迷いを察して、決断を促すつもりで話し掛けたのかな。だとしたら見事なお手並み。

「気になるんだったら、そうした方がいいわね。帰りは一人で大丈夫? 私、車で来ているから送ることもできると思う」

「はい、大丈夫です。初対面の人の車に乗って帰ってきたら、それこそお母さんが心配するかもしれないですし」

「あ、そうだよね。これは私の勇み足」

 吉見先生は自らの頭をこつんとやる動作を、それとなく織り交ぜて九文寺に微笑みかけた。

「バス? 時間があるようだったら、お友達のためにお土産を何か用意できたら、話の種になっていいかもしれないね」

「そうだ、それがいい」

 吉見先生の勧めの尻馬に乗ったのは堂園。

「選ぶの手伝うよ」

 おや。堂園の奴、九文寺薫子に一目惚れでもしたのか? 少しでも一緒にいたいという気持ちが表に出ている。

 六谷にとって思わぬライバル登場ってところだろうが、堂園はもうすぐ引っ越すのだから、大きく運命が変わることはあるまい。

「どうしよう……」

 時間を気にする様子の九文寺。バスの時刻表をしかとは覚えていないが、まだ四十分はあるだろう。

「私も選ぶの手伝う。手伝いたい」

 天瀬が言った。さらには長谷井までも、「そうだなあ。自分のを選ぶついでに」と言い出した。どうやらうちのクラスの子達の気持ちは一つのようである。


 つづく

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