第109話 気苦労尽きねど楽しみには違いなし

 駅には二十分程度で到着した。予定のスケジュールよりも若干早いくらいで、順調に進んでいると言える。このあと、改札は団体専用口を使うから簡単。点呼を経て、新幹線が入線済みになったことをアナウンスで確認した後、プラットフォームに上がる。他の人達の邪魔にならないように整列させると、再度の人数確認。こうしてようやく乗車開始だ。ありがたいことにスムーズに進んでいる。

 これからの三時間弱は、教師にとってまずまず一息つける時間帯。児童全員が乗ったことさえ確認すれば、ほぼ大丈夫。

 もちろん貸し切りではないため、停車駅はいくつかある。間違っても児童らが途中の駅で降りて、そのまま置いていかれるなんてことが起きないように、しっかり見張る。見張るのは駅に到着する直前に、一つの車両の前後に立てば事足りる。いっそのこと、学校が使ってる車輌のドアは停車時も閉めたままにしてもらえば話が早いのに、という考える向きもあるだろう。けれでも、列車に弱いという子は必ずいるもので、多くは停車の度にプラットフォームに出たいと考えるものだ。

 そのような児童には、先生かクラス委員が付き添う。幸いと言っては語弊があるかもしれないが、六年三組は全員、事前申告はなし。尤も、これまでは平気だったけど長時間乗っていて具合が悪くなることだってないとは言い切れないから、油断禁物だ。

 他に心配するとしたら、車両内での事故、怪我だな。私が子供のときにした経験や、教師になってから聞いた話では、子供らは列車の中の移動をずぼらしたがる傾向が強い、と思っているつまりは、一旦靴を抜いた者はその後場所を移る必要が生じても、靴を履くのが面倒臭い。履かずに座席の手すりを踏み場にして、移動を始めがちだということだ。それが即、怪我につながるとは言わないけれども、やめてくれた方がありがたい。いっそ、靴なしでも通路を歩けるように、新聞紙でも敷いてやろうか。インクで靴下が汚れるとか言われそうだけど。

 なんてことを考えているそばから、早速、“手すり歩行”を始める連中が出始めた。私は車両最後列の通路側に前向きで座っているため、よく見通せるのだ。今は男子ばかり数名だが、いずれ人数が増え、女子にも波及するだろう、多分。うーん、注意しておくか。急ブレーキを掛けるような事態が絶対に起こらない保証がある訳じゃなし。出発してすぐにがみがみ言うのは、気乗りしないが。

 多少の躊躇を覚えつつ、腰を浮かしたそのタイミングで、前の席から女児がひょこっと顔を出した。天瀬ともう一人、君津多恵きみづたえという子だ。二人は同じ班で、私のいる三人掛けシートのすぐ前の列にいる。

「先生、椅子をそっちに回転させていい?」

「うん? 五人で仲よくやってるんじゃないのか」

 通路に出て覗いてみると、六人掛けのボックス席はすでに二人、野々山と寺戸の姿がない。

「二人、よそのクラスのところに遊びに行っちゃった」

「ああ、そうか。でも、こんな男の先生を巻き込んだって、きっと楽しくないぞ」

 いや、内心では嬉しいと正直に告白しよう。修学旅行を楽しむ小学六年生の天瀬を真正面から見ていられるのは、願ってもいない機会である。

「そんなことないよ」

「自信を持ってください」

 君津ともう一人の班員、棚倉和泉たなくらいずみから励まされてしまった。私は男子への注意が後回しになるのを心残りに感じつつ、天瀬らに聞いた。

「みんなは何か具体的にしたいことでも?」

「何でもいいからゲーム。UNOでもババ抜きでも」

 この答は天瀬。三人とも意見は一致しているらしく、揃ってうなずいていた。

 私は少し考え……試すようなことを思い付いた。

「じゃあ、あと二人、できれば男子を呼んでもらいたいな。このままでは僕が不利だ」


 つづく

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