第110話 いつもと違う児童

 こう伝えると、天瀬ら女子三人にはわずかながらためらう表情や仕種が垣間見られた。彼女達がもじもじしている間に、私は一番手近に座っていた男子、織本慶一おりもとけいいちの肩にちょんと触れつつ声を掛ける。根が真面目な子だから、これからする頼み事に適任だと思う。

「邪魔してすまない。手すりの上を歩くのをやめるよう、伝言を前に回してくれるか」

「あ、分かりました。――おい」

 言ったことを素直に聞き、前の席へと伝える織本。すると次の列の者は、前だけでなく、横にも伝えてくれた。全部言わなくてもやってくれるのは助かるな。

「さて、どうする。結論は出たかい?」

 懸念がとりあえず去り、私は天瀬達に向き直った。困っている顔を見てやろうと、多少にやにやしてしまったかもしれない。

「分かった。それじゃ、連れてくる」

 あっさりかつ自信満々に承諾すると、天瀬は私の前をすり抜けて、通路を小走りで駆けていった。目で追うまでもなく、長谷井のいるボックスに辿り着くのが見て取れた。

 やっぱりそうなるよな。人選に関しては予想が付いていたからショックも何もないのだが、こうスムーズに誘いに行くのを見るのは、案外きついものがある。

 逆に問いたい。そこまで仲のいい異性と、天瀬美穂きみはどんな理由やいきさつがあって別れたのか。小学六年生の頃の付き合いなんて、私が思っている以上に軽いものなのかと。

 もう一点、より注目していたのは、二人目の男子に誰を連れてくるか、だ。これについては他の女子が別個に誘いに行く可能性もあったので、期待はしていなかったのだが。

 予想では、以前から親しくしているように見える堂園か砂田が筆頭だったが、彼らのいる班それぞれに向かう様子はない。長谷井のいる一班の男子全員に声を掛けているようだ。全員が誘いに乗ったらどうするつもりなんだろう。天瀬の魅力なら充分にあり得る――と、娘を持つ父親みたいな心境になっていると、やがて天瀬が戻ってきた。後ろに続くのは長谷井と……六谷直己ろくたになおきだった。

 これは意外な人選。六谷は大人しめの性格で積極的に何かすることはほぼなくて、クラスで目立つ方じゃない。独りになるのを気にしない性格らしく、それ故なのか融通が利かない。主要教科の成績は抜群にいいが、体育や芸術は並かそれ以下というのが岸先生と私の一致した評価だ。教師から見ればあまり手の掛からない児童と言えるが、修学旅行のような機会に六谷タイプと一緒に回ると、時間にうるさかったり、ちょっとした羽目外しも許さなかったりで、しらける可能性がある。岸先生が決めていた班分けでも、嫌な言い方をするなら、あぶれたのを委員長の長谷井のいる班に引き取らせる形でこうなったのではないかという印象を受けていた。

 ところが、今目の当たりにした六谷は、普段と違って妙に明るい。長谷井や天瀬とも楽しげに言葉を交わしている。修学旅行という非日常に接して、早くもテンションが上がっている、というやつかも。

「あ、先生。連れて来たよ。このメンバーなら文句ないでしょ」

「ひょっとして、成績で選んだのか?」

 腰の両サイドに手を当てて胸を張る天瀬に、理由を想像して聞いてみた。長谷井と六谷はクラスの男子で勉強の出来の一、二を争う。

「ううん。そんなんじゃないよー。誘ったら一班のみんな乗り気だったのに、先生がいると伝えたら遠慮しちゃって、残ったのが長谷井君と六谷君」

「何と」

 うーむ。まだそんな壁があるように思われているのか。少なからず、がっくり来たぞ。

 でも、自分の小学生の頃を思い返してみれば、分からなくはない。子供だけで遊びたい気分ていうのはあるし、割合で言えば圧倒的に多い。逆に、先生をまじえてとなると、それなりに気持ちが盛り上がってないと煙たく感じるものだった。

 よろしい。ならばこの修学旅行中に、クラス全員と一度はトランプなり何なりをすることを、私の密かな目標としよう。

 胸中、握り拳を作って、決意を固める。

 と、そんな私の袖を長谷井が引っ張った。どうやら話し掛けられていたのに、聞こえていなかったようだ。

「ああ、悪い。何だ?」

「先生は何かしたいものある? 男子二人が要るって聞いたけど」

「さあて……」

 具体的に考えていたわけではない。そもそも、トランプやUNOで三対三のチーム戦なんて、普通あったっけか?

「じゃあ、僕が提案していいですか」

 六谷が言った。急に積極性が出て来たな。いいことだけど、学校生活に戻ってからもそうあってくれよ。

 マッシュルームカットの髪を一度かき上げ、考え考え、六谷が話す。

「三人いればポーカーのチーム戦ができるかも。チーム内で手札を作る」

「え、なになに? どういうこと?」

「えっとね。最初は普通のポーカーと同じで、全員に五枚ずつ配る。配り終えたらチーム内で手札を見せ合って、組み直して、三つの役を新たに作るんだ。カード交換はなしでいいのかな。それから相手チームの表情なんかを見て、勝てそうな人を指名して勝負を挑む。これを三回やって勝ち越したチームに一ポイントって感じ」


 つづく

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