第333話 和洋で違う死神の姿形
その日の夜八時を五分くらい過ぎた頃、自宅アパートの電話が鳴った。すぐに出てみると、予想通りかつ期待通りに、六谷が掛けてきてくれたと分かる。、
「何か、見覚えの全然ないノートを母が持って帰ってきたんだけど、これって先生の差し金?」
「差し金とは人聞きが悪いな」
苦笑を堪えるの努力を要する。通話時間が長引くと六谷は家族の者に不審がられる恐れがあるだろうから、なるべく短く済ませたいというのに。
「まあ、よく電話してきてくれた。それこそが狙いだったんだ」
「だろうね。まんまと乗っかってあげたよ。それで何、先生?」
「今日の個人面談、お母さんから内容は聞いてないのかい?」
「ちょっとだけ。成績のことが中心で、あと、積極性が出て来て周りのみんなとうまくやっているとか好評価だったと喜んでる感じだった」
「なるほど」
悪夢にうなされていた件を相談した、なんて話はわざわざ当の子供には伝えないか。
「実は、君が悪夢を見たという話をされて、ちょっと気になった」
「……悪夢って死神の?」
「ああ」
「何でまた、夢ごときの話で」
私は認識の違いを改めて感じ取った。そりゃそうだよな。六谷は神内のような存在から直に接触を受けた経験がないんだから。
「もしかすると神様からのコンタクトじゃないかなと勘が働いたんでね」
「ていうことは、前に岸先生が言っていた神って、死神?」
「それは分からない。見た目で判断していいのかも知らないし。夢の中で僕の前に現れたときは、外見も声も女性だった。女神と呼ぶのはためらうけれどな」
「うーん、じゃあ少なくともその人、じゃなくてその神ではないね。僕が夢で見たのはほんと、映画や漫画に出て来る死神そのまんまって風体だった」
「顔は骸骨で茶色っぽいフードを被って、手には大きな鎌か?」
真っ先に浮かんだイメージを並べ立ててみる。六谷からの反応は微妙だった。
「後ろ二つは当たっているけれども、骸骨じゃあなかったよ。ひどく痩せていて、不健康そうな肌の色をしたおじさんて感じ。目はくぼんでいて、隈ができているのか影が出ているのか知らないけれど、周囲が黒っぽくて。頬もこけていたっけ。頭って言うか顔全体は馬面が痩せて、長細い逆二等辺三角形をしてた」
語られた描写を聞いて、妙に納得できた。日本での死神は六谷が今形容したような悪い病気を負っていそうな男をまず想像する。落語「死神」を絵物語で見たことがあるが、そこに描かれた死神もそんな感じだった。もちろんフードは被っていないし、鎌は持っていない。
ちなみに落語「死神」は、元々は西洋の話だったのを翻案したとの説を読んだことがある。同作のアニメ化作品も見たことがあるのだが、そこでは死神は骸骨姿でフードを被って鎌を持っていたように記憶している。
「六谷君はお笑い好きと言っていたが、落語も見るのかい?」
「もちろん。それよか岸先生、落語は見るじゃなくて聴く、でしょ」
「ああ、そうだな」
些細な点にこだわるなあ。もしや、死神の夢を見たことから話をそらそうとしてないか?
「それで六谷君、夢の中でそいつにどんな怖い目に遭わされたんだ?」
「……」
「どうした? 聞こえなかったか」
「いや。リアルだったんで、あんまり思い出したくないんだけど」
うーん。割と大事なところかもしれないんだが、嫌がる教え子から無理に聞き出すのは避けたい。
「じゃあ、夢の中で死神と言葉を交わしたかい? あるいは相手がしゃべったかどうかだけでもいい」
「えっと、会話は成り立ってなかったと思う。死神が一方的に話すのを、僕が黙って聞いてる形だった。――正直に言うと、ぶるって返事することもできなかったんだ」
やはり、相当な恐怖を味わったに違いない。
「相手の話した内容は覚えているかい?」
「ううん、ほとんど覚えてない。言っておくけど怖かったから覚えてないんじゃなく、目が覚めたら忘れていたっていう、よくあるやつだから」
分かった分かった。強がりはいい。
「話を少し戻すが、落語の『死神』を知っているかな? もし知っているのなら、あの噺の影響を受けて、たまたま死神らしき輩が出て来る夢を見たのかもしれない」
「聴いたことはあるけど、そんな影響を受けて悪夢で見るほどじゃないと思う。最近聴いたとかならまだ分かるけど、そうじゃないし。それに落語の『死神』の悪い影響を受けたんなら、夢には絶対に出て来るアイテムがあるよ」
「――ロウソクだな」
「うん。ロウソクは僕が見た夢には登場しなかったよ」
「なるほど。ということは、そいつが神様の一人って可能性はあるかもしれない」
私の推測に、六谷からの反応がすぐにはなかった。十秒近い間があって、急にこんなことを言い出した。
「少し思い出してきたかも。夢の中の死神は僕がお笑い好きで、落語の『死神』を聞いたことあるのも知っていて、『おまえのロウソクの炎を消すことなんぞ、実に簡単だねえ。こうして夢の中で首を掻き切るただけでお陀仏さ』ってな台詞を、しわがれた声で耳元に囁いてきたんだ。鎌の刃を、こっちの首筋に当ててさ」
つづく
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