第251話 はったりなのか違うのか

「あ、いや。だけど」

 急な譲歩に、逆にこちらも条件を付けられるのではないか。そんな懸念から、応答がへどもどしたものになった。だが、神内は髪をかき上げる仕種をして、平板な口ぶりで続けた。

「もちろん私は筒を必ず使うから、安心してくれていいわ。そのくらいハンデは上げる。あなたのやり口をできるだけ見せてもらうことに決めたから」

「やり口って」

「ちょっと熱くなっていたけれども、この勝負はあくまでもお試しなのよね。賭け代を思えば負けたくないのは山々。ただ私の立場を優先するなら、あなたの取り得る手段を見極める役目を担った方がいい」

「……上に報告するためってか」

「そうそう。役に立てば、評価もされるってわけ」

「人間の会社で言うなら平社員てことはないよな。係長、いや、もう少し上の中間管理職クラスかな。その割には、上にもの申せる立場でもあるみたいだけれども」

「こっちの組織構造はどうでもいいでしょ」

「いや、いざというとき、人間からの評価、口添えがどのくらい影響を及ぼすんだろうかっていう興味はあるよ。人間ごときに負けた、っていう評価もあり得るのかなとか」

「――なるほどねえ。私に本気で掛かってきて欲しいから、そういうことを言い出したと」

 読まれた。

「約束しておく。手加減や手抜きは一切しないから。ただ、仮にあなたが何らかの策を巡らせていて、それが心の外に漏れてしまったとしても、私は気付かないふりをし続ける。それくらいは承諾してもらわないと。私もお試しに付き合っている意義を見出さなくちゃ」

「言う割にギャンブルを楽しんでいたようだけれど、まあいいか」

 合意ができたところで、四投目。1が出た。相手からの邪魔はこの回もなかった。

「……妨害しないのも、私がどれくらいやれるかを見るためかい? 運の強さとか」

「そうなるかしら。あなたが上とやり合うとして、その競技の一つが今やっているゲームだと決まっているのなら、もっと細かい点を観察するんだけれども。それにね」

 神内は予想の紙を指差した。

「今回、Bについての私の予想は7だから――って言ったらどんな反応をして、どういう影響を受けるのかを見てみたくて」

「えっと」

 私は予想の紙と彼女とを交互に見て、考えた。まずは事実確認だ。

「換言すると、六回連続成功すると予想していると?」

「信じる信じないは、あなたの好きなように。どうふるまうのかなあ? 信じて、『10ポイント加点されても、相手側にも10ポイント入るのでは意味がない。だったら六投目で失敗した方が得だ』と考える? 信じずにパーフェクトを目指す?」

「ふん。それは出目を完璧にコントロールできるあなただからこその考え方だろう。こちとら、そんな能力は持ち合わせていないのでね。せめて次の五投目も成功して、いよいよとなったら初めて考えるよ」

 動揺を誘う作戦ならば奏功しているぞ、神内。運よくシューター側で2ポイント得られた、もっと積み上げようと思っているところへ、Bの予想を仄めかしてくるとは。

 実際、動揺が震えとなって身体に出たのか、五投目は感触がこれまで成功してきたときとは微妙に、しかし確実に違った。ほとんど横回転せず、ぽろっと、指先からただ落ちる形でサイコロは転がった。

 私は思わず「あ!」と叫び、神内は対照的に無言のまま、サイコロを目で追っていた。

 と、追うほどもなくサイコロは止まる。3だ。

 駄目だ、失敗した。2ポイント止まりか。

 心の中で落胆のため息をついたそのとき、神内が机の一点を親指で強く押した。

「何を」

 する気だと口走る間もなく、机はぐらっと傾き、サイコロはさらに九十度転がった。2に変わった。

 私は一度しゃがんで机にしがみついて出目を確認。おかしな成り行きに呆気にとられ、神内を見上げる。

「どういうつも――」

「あら~、間違えちゃった」

 かわいらしい仕種を取るが、明らかにわざとだ。てへぺろじゃねえよ、まったく。

「失敗させるつもりが、勘違いして成功させてしまったわ。どうしましょう」

「いや、そういうのいいから。まじでどういうつもりなんだ?」

 ここまで若さと体力に任せて突っ走ってきたが、疲労感が急激に増大した。糖分を補給したいところだが、仮に夢の中で甘い物を摂取して効果があるんだろうか。

「だから、これが私の作戦。手を抜いてないでしょ? 究極の選択って言ったら大げさになるけれども、重要な局面での二択を迫られるなんて対戦相手にとって厳しい状況のはず」

 確かに厳しい。疲れが急にピークに来た。

 とにかく落ち着いて状況を整理するところから始めよう。

 五投目、私は神内の手助けにより、成功。次も成功すればつまり5の目を出せたら10ポイント獲得。失敗しても3ポイントを得られる。

 神内側から見ればどうか。B.シューターが失敗するのは何投目かという予想を7にしているという。この言葉が真実なら、神内にとって私のラスト一投は5になるのがいい。10ポイントを得てプラマイゼロの帳消しだ。予想が嘘なら、出目は5以外。敵(私)に3ポイントをやるだけで済む。


 つづく

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