第142話 過去と未来で間違えないで

 ヤフーBBスタジアムと聞いて、それって関西のどこだ?と狼狽が顔に出たかもしれない。ヤフーといえば福岡じゃないのかと直感的に思ったせいだが、関連会社が球団経営に乗り出すのはもっとあとだったかな? ということは話の流れからして、グリーンスタジアムを差しているはず。

 プロ野球に関する記憶を掘り起こしていると、自分が小学六年生のこの年、球史に残る大きな出来事があったことを思い出した。

 球団の合併・削減による球界再編だ。

 子供の頃は今よりずっと野球に夢中になっていたので、この出来事はかなり強烈に印象に残っている。パリーグの在阪二球団が合併するという話が急に表面化して大騒ぎしていた。世間一般の反応はどうだったろう……。最初は合併やむなしという空気がやや優勢だったのが、オーナー側のある発言をきっかけに流れが一変したような。

 詳しい日にちは覚えていないが、二〇〇四年に来て以来、まだ球界再編のニュースは全く耳にしていないので、このあと起きる出来事に違いない。うっかり喋ってしまわないよう、注意すべき事柄がまた増えた。野球のチーム名についても、二〇一九年のつもりでぽろっと喋っていたら、部分的におかしなことになるところだった。

 こりゃあ、いよいよもって早く新聞に目を通さないといけない気分になってきた。野球のチーム名だけでも、そこで確認しておこう。

 他にも、子供達が話題にしそうなことについて、情報収集しておいた方が無難だ。子供達が話題にしそうなこと、子供らに人気のあること……小学六年生のときに、私や友達は何に熱中していた?

 記憶の畑をあちこち掘り返すには、手掛かり足掛かりがいる。

 たとえばだが、この修学旅行に発つ少し前に、ある殺人事件が九州で起きている。ニュースで見るまで完全に失念していたのだが、見た瞬間に鮮明に思い出した。小学六年生の女児が同級生を学校で死に至らしめた、あの事件である。

 子供の私が通っていた学校の教師達にとっても衝撃的だったのは間違いない。冷静沈着さで定評のあった六年四組の担任が、事件の背景を調べようと夢中になってネットで情報を漁った結果、私用のパソコンをコンピュータウィルスにやられてしまった、なんてことまであった。

 私の母は元塾講師で、この時期は欠かさず見ていたドラマがあった。だが、事件が起きた直後の放送は「気分が乗らなくて、のめり込めなかったわ」とこぼし、録画した物を何度か繰り返し見ていた。日本における韓流ブームの火付け役となったあのドラマだ。こんな年に、十五年後にはブームが嘘みたいに関係は冷え切るんだよな~、なんて主張しても鼻で笑われるかもしれない。

 こんな風に、印象深いことを一つ思い出せたら、芋づる式に思い出せる可能性が高い。何かないかと周囲の様子を窺うも、特にぴんと来るような物は見当たらない。その内、朝食が済んだので、校長に挨拶してからテーブルを離れ、トレイや食器を返却カウンターの台に起いて、そそくさと退散した。まずは何度も言っているが、新聞を読むためにロビーへ向かう。

 途中、私より早く食べ終えていた男子児童二人――私のクラスではない――が、エントランスホールの端っこで、殴り合いのごっこ遊びをしているのが見て取れた。実は一瞬、喧嘩かいじめか?と焦ったのだが、表情が二人とも穏やかで笑っているから、大丈夫だろう。

 見ている内に、片方がパンチでダウンの格好をした。前のめりに倒れた男子のポーズを見て、記憶が蘇る。二人がしているのは、前年大晦日の格闘技の真似だ。俯瞰から映された敗者のダウン姿は、自動車に轢かれたカエルのようと揶揄されたように思う。

 大晦日から半年近くが経った今の時点で、子供達がダウンシーンを再現して、笑い合っている。そうか、格闘技もそこそこブームになっていた時期だったんだな。ならば格闘技のゲームソフトにヒット作が生まれていたかというと、そんな記憶はとんとない。格闘技に関しては、小さな子よりも大人の男達の方が青年から中年まで幅広く、盛り上がっていたような覚えがある。

 格闘と言えば代わりに思い出したのが、女子がとあるアニメに夢中になっていたこと。ただし、六年生よりは年下がメインの視聴層だったかもしれない。正直、当時の自分は関心が薄かったためよく知らないのだが、ヒロイン二人が怪物や悪者を相手に魔法や武器ではなく、主に格闘で戦い、倒していく物語……ということぐらいは聞き覚えがあった。確か、この年からシリーズが始まったんじゃなかったっけ? 十一月頃のクラスのお楽しみ会で、仲のいい女子二人組がものまねを披露していた。

 ……あ。また一つ思い出した。いわゆる黒歴史ってやつに入るのかもしれない。そのお楽しみ会で、男子何人かでサンバをやったんだ。

 自分に関することだからぼかさずに書いておくと、マツケンサンバだ。流行ったのはまあ一線級の俳優が白塗りでサンバを踊るインパクト故なんだろうけど、何であれをお楽しみ会でやろう!となったのかは、経緯は全く覚えていない。そもそも、いつ流行り始めたんだろ? プロ野球界再編話と同じで、今のところ耳にしていないな。気を付けよう。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る