第141話 球団てサッカーとは違いますよね?

「……はあ。球団というのは、プロ野球ですよね。Jリーグではなく」

 拍子抜けした感情が表に出ないよう、奥歯と頬に力を入れながら聞き返す。

「無論ですとも。サッカーも悪くはないし、子供らの人気は上々のようだが、ただ単に、私はプロ野球派ということで」

「僕も人並みに中継は見ますが」

 テレビ観戦はたまにするものの、熱心なと冠を付けるほどの野球ファンでは到底ない。このチームが負けたら機嫌が悪くなるとか眠れなくなるとかもない。強いて言うなら、球界を代表するI選手(日米で活躍し二〇一九年春に引退)を輩出した、在阪球団の動向を少し気に掛けているくらいだ。昨日はテレビ等から離れていたとこともあって、ゲームがあったのかどうかすら知らない。

「特にどこという贔屓のチームはないんです」

 十二分の一の確率?で、校長の好きな球団とライバル関係のチームを挙げるというリスクを冒すくらいなら、当たり障りのない返事をしておこう。別に嘘は言っていないんだし。ただ心配があるとすれば、岸先生がどこかの球団の熱烈なファンである場合だが……伊知川校長が「ど忘れした」と前置きするくらいなんだから、周りの人の記憶に残るような入れ込み方はしていないに違いない。

「ああ、そうだったかな。いやまあ、正直どこでもいいんだけれども」

「は、はあ……」

 話の流れも要点も掴めない。好きなプロ野球チームの話じゃないのなら、何なのだろう。

「岸先生は修学旅行に初参加ということで、念のため、注意を伝えておこうと思ったものでね」

「すでに修学旅行は始まっているのに、注意といいますと」

「実はかつて、ちょっとしたハプニングがありましてねえ」

 ハプニングという割には、どこかしら嬉しそうな校長。懐かしい思い出といった感じなのか?

「もう五年になるかな。もちろん私が同行したときで、ああ、コースは今回とほぼ同じで、他は全て順調にいっていたんだが、大阪に向かう際に電車に遅れが生じてねえ。おかげで駅のプラットフォームでプロ野球の応援団の方達と遭遇してしまって」

「うわあ。そりゃ大変でしたでしょう? 他にも利用客は大勢いたでしょうし、大混雑になる。危険だ」

「ええ、事実危ないと肌で感じたんだが、それ以上にひやりとしたのは、子供達がね」

 声を潜める伊知川校長。若干うつむき、表情も深刻げになった。珍しい。その視線が、横目で児童らを見たようだから、あまり子供達には聞かせたくない話なのかも。そんな予想をして、次の言葉を待つ。

「まあ、突然の大渋滞に巻き込まれたみたいなものだから、お互いに多少いらいらしている。ペンギンのよちよち歩きみたいなペースでちょっとずつ動いていると、応援団の人の一部が応援歌を一節唄った。多分、混雑にいらついたとかじゃなくいつもやっている行為なんでしょうが、まあ、言ってしまえば見ず知らずのおっさんのがなり声です。神経に障ったんでしょうな、子供達の一部が、その球団を揶揄する言葉をぶつぶつ言った」

 そこまで聞いて、私は思わず、「あちゃぁ」と小さくこぼしていた。想像するだけでも、背筋を冷や汗が伝いそうだ。

「ここからは、終わってからの推測をまじえた話になるのだけれども……最初の一言二言は聞こえていなかったようなので、そのまま行き交えばよかったのに、子供らは相手にされてないみたいなのがまた癪だったのか、さらに三言目、四言目と続けた結果、相手の集団にもとうとう聞こえたようで。もちろん、応援団の人達はほとんどがいい年した大人ですが、中には観戦前から一杯引っ掛けている方もいるのでね。たちまちもめ事発生。そのほろ酔いの人の周りの人達が『まあまあ』と止めてくれたけれども、何も関係ない子供達が怖がってしまい、それで列が乱れてと大変だった。で、最終的には私と向こうのリーダーみたいな人がお互いに頭を下げて、どうにか事なきを得ましたが、一歩間違えれば駅員さんが飛んできて、新聞種になるところでしたなあ、あれは」

「それは……よく収められましたね」

 私が感心を露わにすると、校長は気をよくしたらしく、表情が元に戻った。

「実は、秘訣がある。そのときの球団の選手やスタッフについて、ほめてほめてほめ倒す。これに尽きるね」

 はっはっはと大きな声で笑う校長。本当なのかな?

「まあ、こういうことも起こりえると、頭の片隅に置いといてくれればいいので。岸先生にはその心配は無用だったみたいだけど、もしも贔屓のチームがあっても、うかつには口にしない方が無難。しかも、その地方、例えば関西在住の人だからと言って関西のチームのファンとは限らないから厄介だ」

「気を付けます。野球に限らず、サッカーの方も。それで、伊知川校長。今日もし電車が遅れたら、時間によってはそういう事態が起こる可能性があるのですか」

「調べたところ、関西では二試合、大阪ドームとヤフーBBスタジアムで催される予定で、大阪ドームの方が可能性がゼロではない。が、大丈夫でしょう」


 つづく

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