第270話 間違っていた解答

 いつもの校長らしくない、冷静で落ち着き払った言葉が続く。

「で、私の直感では教師の不祥事かなと狙いを定めて、新聞やニュースをチェックしたのですが、全然そんなことは起きていない。もちろん、公になる前に学校側が把握して先手を打とうとしているのかもしれませんが」

 伊知川校長にこんな詮索好きな一面があったのかと驚いたが、どうも違うようだ。富谷第一小学校に絡む何らかの事件や事故、不祥事が起きていたとして、我が校への影響の有無を見極めたい。その気持ちが強く表れているに違いない。

「気になりますね。僕も帰ったらテレビに張り付いておきます。あと、この話って他言無用と仰いましたが、連城先生や吉見先生は……?」

 一緒に交流行事に参加する予定の二人の名を挙げ、尋ねる。

「連城先生にはすでにお話ししたあとです。吉見先生にはこれからと思っているのだが、なかなかタイミングが掴めなくってね。できたら、岸先生の方から彼女に伝えてもらえませんか」

「ええ? 別にかまいませんが、先方と言葉を交わしていない僕には細かなニュアンスとかが分からないわけで」

「その辺りはいいから、延期もしくは中止になるかもしれないという点だけ、しっかり伝えていただければ。――おっと、ちょうど来たようだ。頼みましたよ」

「あ」

 伊知川校長はすっと横に移動し、去ってしまった。いや、吉見先生が来たのなら校長自身が説明する機会が生まれたってことでしょうに。

「よかった。サラダ、まだたっぷり残ってますね」

 トングを手にして、にっこりする吉見先生。

「ああ、ちょっと前に追加されたんですよ」

「そうでしたか。――校長先生と長話されていたようでしたが、何かありました?」

「それが、交流行事のことで」

 校長の想像まで話すかどうかは決めていなかったが、とりあえず延期の可能性が出て来たことを伝える。

「こんなぎりぎりになって、ですか。不思議……何があったんでしょう?」

 サラダをしっかり選び取りながら、会話もやめない吉見先生。

「校長先生の想像だと、何らかの不祥事か事故か事件じゃないかと」

「それって、ありそうな場合を全部言ってません?」

 くすりと笑うと、吉見先生は伊知川校長の姿を探して一瞥した。

「言われてみればそうかも。でも交流行事に参加を予定していた子供が病気になった、なんていうケースも考えられますよ」

 これも考えたくはない可能性だが、校長の名誉のために追加しておく。

「何にしても不安だわ。ここまで急に取り止めなきゃいけないような事態って……」

 うつむき加減になって呟く吉見先生だったが、深刻に捉える時間は短かった。

「もしも本当に延期か中止になったら、どうしましょう? その日、お暇でしたら、どこかへ行きません?」

 皿を置いて、ハンドルを動かす仕種をする吉見先生。

 こちらとしては急な誘いに驚いた。岸先生に気があるのかな、やはり。気に掛けているのは分かっていたけれども、保健の先生として言っている風でもあったし。さあて、どう返事しよう……と思案に取り掛かった矢先、彼女があるフレーズを付け加えてきた。

「連城先生も一緒に、三人で」

 なるほど。そういうことか~。どぎまぎして損した気分。

 いや、待て。これはもしかすると試されている? この台詞に対して「いいですね」と答えるか、「あ、三人で。てっきり僕は」云々と答えるか。後者なら脈ありと判断されるのかもしれない。

「遊園地なんてどうですか」

 私の返事が遅いせいか、吉見先生は続けて提案までしてきた。

「あの、岸先生? 聞いてます?」

「あ、すみません。三人と聞いて、子供からあるクイズを出されていたことを思い出したもので。難問なので頭に残ってる」

 ちょっと苦しいが、話題を切り替えさせてもらうとする。私と吉見先生は畳の個室に戻ってからも、クイズの話を続けた。そう、六谷から出題されたラストの五問目のことだ。

「思い出したと言っても、3しか関係してないんですけどね。確かこんなに言い回しでした。『赤、青、黄色のボールが三つあります。大きさや感触などはどれも同じで、触っただけでは区別が付きません。中が透けない袋にこれらのボール三つを入れ、袋の中を見ずにボールを二つ取り出した場合、残った一つが赤いボールである確率は何パーセントでしょうか』」

「……すごく、簡単そうに思えますけれども」

 怪訝そうに小首を傾げた吉見先生。

「僕も同じでした。これでいいのかなと思いつつも、他に何にも浮かばなかったんで、三分の一、約三十三パーセントだろ?と答えたんです。あ、タイムリミットを区切られていたので、丸一日考えてこれしかないってことに」

「それで外れだと言われたんですか」

「はい」

 苦笑いが勝手に顔面に広がるのを自覚した。吉見先生は口へ運びかけた箸を止め、また小首を傾げている。

「分かんない……。先生はその児童から正解を知らされて、納得が行きました?」

「それがまだ、正解を聞いてないんです」

 苦笑いして、肩をすくめてみせた。


 つづく

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