第235話 扱いの違いの理由説明を
どんな調べ方をしたのか知らないが、恐らく検索条件で時代設定を間違えたか、そもそも設定し忘れかのどちらかに違いない。
「保護者と言うからには、お子さんはどこにいるのかな」
怒っているとはいえ、冷静でいるためにどんな口ぶりにすべきか。状況を認識してからずっと考えていた。教師とその教え子の保護者という役を演じるのなら、緊張感を保ちつつ対等の立場でいられる気がしないでもない。
「用意してもいいのだけれど、同じ私だからややこしくなるだけ。省いた方がいいわ」
「了解した。では、保護者は保護者らしく願いましょうか」
「オーケー。それでは岸先生、いえ、貴志先生、始めましょうか」
岸と貴志、漢字の違いが見えたような気がした。相手は私から見て左側に座った。
「ねえ、先生。普通は教師が説明して、保護者から質問を受け付けて、また説明するものだけど、今は逆ね」
「教師に対する保護者の態度にしては艶っぽいな。まあいいけど、先にあなたのことを何と呼べばよいのか、決めてもらわないと」
「言われてみれば、ふた月以上経つのにまだその機会がなかったか。
「では神内さん。どうしてここに呼ばれたのか、分かっていらっしゃいますね?」
「呼ばれた、ねえ。まあそうなるわね。――呼ばれたのは、八島華さんの件でしょうか」
クラス担任に対する保護者になりきって、神内みことは言った。うなずき、気持ちを改めて落ち着ける努力をして、静かに切り出す。
「岸先生だけでなく、八島華さんを巻き込んだのは何故です?」
「岸先生にとって彼女が一番好きな人だった、としか言い様がありません。柏木先生を除くとそうなるし、親しい仲なのは間違いない」
「私が尋ねているのはそういうことではなく、どうしてこんなひどい方法を採るんだ?と」
「それは見解の相違とでも言いましょうか。まず、岸先生の背負った使命は、あなたや六谷の使命とは異なり、どう転んでも最終的にはハッピーエンドが用意されているわ」
もう役を演じるのに飽きたのか、神内は砕けた物腰で言った。
「それにね、お人好しで熱血漢なところのある貴志先生には拍子抜けかもしれないけれど、あちらの世界にいる間は、岸先生と八島華さん、結構楽しんでいるんじゃないかしら。はらはらどきどきしつつも、ロールプレイを楽しんでいる」
早々に役割を投げ出した人(?)に言われても、説得力を感じない。が、仮に八島華の方が夢と分かって、異世界ファンタジーに“出演”しているのだとしたら、あながち嘘だとも言い切れないか。
「しかし、八島さんのご両親や知り合いはどうなんですか。娘が原因不明の病で入院を強いられているんだ。心身共にさぞかしお疲れに違いない。倒れでもしたら、二次災害だ」
「そうですねえ。もしそうなったら確かに二次災害。それも人災ならぬ神災ね」
「ふざけてないで、ちゃんと答えていただけませんか」
机を拳でどんと叩きたかったが、我慢した。相手が降りようが、私は意地を張ってでも教師の役をやり通したい。教師は普通、保護者相手に机を叩いたりしない。
「ふざけたつもりはないわ。気に障ったのならいくらでも謝りますけど。そうする前に詳しく説明をしましょうか」
「……それを待っていたんです。お願いします」
奥歯をぐっと噛み締め、感情のコントロールに努める。
「元々の二〇〇四年において、八島華さんが入院したかどうか、考えてみた?」
「――彼女の入院は確定事項だったというんですか」
「ええ。ただし、原因不明の病ではなく、単なる夏かぜによってだけれども」
「ならば今回もそのまま夏かぜで入院したことにすればよかったのではありませんか」
「夏かぜだと、入院期間をあんまり引っ張れないから仕方がないでしょう。それとも、人ならざるものが介在していることが丸分かりになってもかまわなかったとでも?」
「いや。それは望まない」
「ですよね、せんせ」
「……せめて、家族の方達が安心できる病名にしてもらいたかった。率直に言わせてもらえるのなら、全体的に配慮を欠いていると思うんだ。あなたの、いやあなた方なのかな、とにかくそちらのやり方は、一部の人間にとってきつい」
「言いますね、一介の人間の分際で」
突如、本来の立場を鮮明にしてきた。一介の人間の分際なんてフレーズ、日常会話ではまず聞けない。もちろん怖いことは怖いが、今までにこの神内とやり取りをしてきて、我々人間側の希望を摘み取るようなことはしないと信じられる。六谷の発言に怒りを覚えたのなら、天だの神だのは躊躇せずに彼を誅することくらい簡単なはず。それをせず、無理ゲーに近い設定とはいえチャンスを与えてくれるのは、言ってみれば神の慈悲ってやつだろう。
「神内さん。私はあなた方の見通しの甘さのせいで、決まっていた過去が書き換わりそうになった。あまつさえ、その尻拭いを自分でせよとかり出された立場ですから。多少は強く出たって、ばちを当てられるいわれはないでしょう」
「まあ、確かに。だからこそあなたには甘く出ているんだけど」
「迷惑を及ぼしているからという理由で私に甘くするのなら、同じように迷惑を掛けている岸先生や八島華さん、そして彼らの周囲の人々にも配慮を求めます」
「これでもそうしているつもりだったけれども、足りないというのであれば受け入れましょう」
「よかった」
心底ほっとして、安堵がこぼれた。
「でも、あんまり配慮しすぎるのも考え物よ。何たって、貴志先生、あなたがこの二〇〇四年にいられる時間が短くなるかもしれない」
「うん?」
つづく
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