第10話 記憶違い?

「言ってもいいよ」

 あら。意外にもあっさりとOKが出た。

「ただし、条件があるわ」

「テストの採点を甘くしてとかならだめだぞ」

「考えてもないよっ。私が言ったことを誰にも言わないことと、先生が好きな人の名前を教えてくれること。この二つを条件にします」

 これは面白い条件を出してきたものだ。もちろん、口止めは予想の範疇だった。面白いのはこの岸未知夫の好きな人を知りたいという条件だ。

 素人判断だが、二通りの心理状態が考えられるんじゃないだろうか。

 一つ目は、本当は自分が好きな人を打ち明けたくない、でもその気持ちをストレートには出したくない。そこで先生にも同じことを言うように条件を付ければ嫌がるだろう、結果的に打ち明けなくて済むだろう、というもの。

 もしくは二つ目として、本気で岸未知夫の好きな相手を知りたい場合。何のために知りたいかは、この際棚上げだ。

 口ぶりから判断するに、この二つ目の方が有力な印象を受ける。

「別にかまわないけども……本気で知りたいのか?」

「もちろん。知ったらみんなに言いふらそうっと」

「おいおい、こっちの秘密は守ってくれないのか。それじゃ言えないな」

 真面目な話、私は岸未知夫がどういう人達とどんな交友関係を築いているのか、まだ全然把握できていない。適当に女性の名前を挙げたら、あとで――元通りになれたあとで、えらく迷惑を掛けることになるに違いない。

「えー、ずるい。だったらこっちも言わないからね」

「待て。別の秘密を教えてあげよう。信じるか信じないかは君次第だが、とんでもない秘密だ」

「え、気になる。何なに?」

「聞いたら好きな人がいるかどうか、言うんだぞ」

「う、うん」

「じゃあ、教えよう」

 今の状態の私に出せる秘密となると、一つしかない。

「これは生まれてこの方誰にも言っていない。他人に話すのはこれが初めてなんだ。だから心して聞くように。実は、先生は十五年後の未来から来た」

「……ん?」

 唇を真ん中辺りで噛みしめ、眉間に小さく皺を寄せる天瀬。これはいけない。皺が癖にならないよう、早くフォローしよう。

「冗談だと思ったろ?」

「うん。ていうか、意味が分からない。SFドラマでも見て、それで頭がぼーっとしてるのね?」

 女子小学生に気の毒そうな顔をされた。ちょっと、だいぶ落ち込む。

 気を取り直して、若干の修正を試みる。

「信じられないのも無理はない。まあ、占いみたいなものだ。たまに物凄く的中するぞ」

「……じゃ、何か未来のことを当ててみせてよ。できるだけ早く分かることがいい」

「それなら」

 私はテレビを見る内に、この年の五月に何が起きたか、少し思い出していた。もちろん、私が実体験したときは当然、天瀬と同じ小学生ぐらいだったのだから、かなり曖昧な記憶なのだが、大きな事件ならあとになってしっかり覚えたことも多い。

「もうすぐ首相が再訪朝して、拉致被害者の家族を何人か連れて帰ってくるよ」

「え。また行くの? よく知らないけど、一回目はいきなり行ってきた感じだったよね」

「そうだった」

「こういう政治的ニュースって、大人ならだいたい予想できるんじゃない?」

「それは無理だよ」

 答えてから、ひょっとしたらまずいネタをチョイスしてしまったかもしれないと感じた。詳しい日まで覚えてないが、再訪朝が決まったこと自体、まだ報道されてなかったんだっけ?

 やばい、使うべきネタを間違えたかな。


 つづく

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