第45話 思い違いでないとすれば

 そこで裏返してみると、恐らく鉛筆で書かれた薄い文字があった。横書きで二行あって、読み取れる範囲で書き起こすと、次のような感じになる。


<白 生  人的 度ノマあ    撃

 頭    変 なおさないとだめでは>


 手で握った際に肌で擦ったらしくて、かすれて読めない箇所が多い。破り取られた部分もあり、まるで暗号だ。少なくとも、くじ引きのために作った物でないことは言える。

 白の生って、生の白ビールのことか? 昨日飲んだせいで、まずそんな連想をした。多分、外れだ。

 一行目の訳の分からなさに比べると、二行目は意味は取れるが剣呑な空気を感じさせる。病気を心配しているにしては、表現がちょっときつい気もするし。

 気味悪く感じる一方で興味も惹かれ、私はこの紙片を保管しておくことにした。岸先生にとって大事な物かもしれないし、逆に処分したい物だったのかもしれない。そう感じたのが大きい。

 できれば写真に撮り、知り合いに見せて意見を聞いてみたい。が、携帯端末がないし、カメラもきっとこの部屋にはないのだろう。レシートの裏に書き写すことで代わりとしよう。

 仕事関連でやらなきゃいけないことはいくつかあって、土曜の午後から取り掛かってはいたが、いまいち捗っていなかった。理由は記すまでもあるまい。気合いを入れ直して昼まで掛けて、あらかた片付けた。

 残っている事柄で大きいのは、次のクラブ授業、何をやるか決めていないこと。そもそも、金曜日の授業終わりに、みんなのリクエストのを聞くのがいつもの段取りであると理解していたのだが、天瀬のことがあって失念していたのだ。子供らも言ってくれればいいものを。

 でもまあ、授業まで二週間近くあるのだから、何とかなるだろう。今週は委員会活動で、私はというか岸先生は第一整理委員会というのに当たっていた。空き缶を集めて分別して平たく潰して保管する係である。一定量を集めると、色々な物品と交換できるというあれ。ちなみに第二整理委員会はベルマーク集めだ。十五年後、私の勤める小学校では、非効率的だからやめませんかという声が上がっている。

 何はともあれ、空き缶集めならさして準備しなくても大丈夫のはず。

 ぼちぼち昼飯を食べようという頃合いになり、冷蔵庫を開けて金曜日に買った何やかやを見るが、どうも気に入らない。うまいラーメンを食べたくなったので出掛けることにした。どこに店があるのか分からないが、学校の行き帰りで見掛けた覚えがあるので、そこを目指してぶらぶら歩く。自転車で行くべき距離だったかもしれないが、運動がてら、そして町の様子をより詳しく頭に入れておくためにも、徒歩にした。

 五百メートルぐらい進んだだろうか。大通りに沿う形で、舗道を南に下っていく。

 私は前方に注意を払いつつも、町並みを見るためにきょろきょろと首を巡らせもしていたのだが、ふっと、誰かに見られているような感覚に襲われた。

 感じた先、前の方を見ると、茶色いサマーコート姿の男が一人、俯き加減になって歩いて来ている。その姿勢のためか、背の高さがどれほどなのか掴みづらい。

 男が今、こちらを見ているわけではない。が、さっき感じた視線が私の勘違いでなければ、彼しかあり得ないと思えた。私はすれ違うまで、その男性に注意を向けてみた。

 ところが相手はすれ違うよりも前に、突然立ち止まると、横断歩道のない車道を突っ切って反対側の舗道に行ってしまった。

 おかしい。意図的に避けられたようだ。私の思い込みではないよな。いやもちろん、単なる偶然という可能性は残るんだが。

 私ははたと閃いて、もやもやデータを見てみようと考えた。あの男が岸先生と全く関係のない人物なら私の脳裏には何も浮かばないはずだ。逆に知り合いなら、多少のデータは出るはず。このタイミングであれば、かろうじて横顔が見える。

 私は今着た道を戻りつつ、問題の男にじっと目を凝らし、意識をきゅっと集中させた。

 すると――。


 つづく

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