第44話 間違い電話?

 そして三度目だ。中途半端な状態で眠り込んで腹を冷やしたのか、トイレに入っているときに、また電話のベルがじりり、じりりと鳴り出したのだ。

 幸いにも?まだ全然用足しが始まっていなかった。トイレから飛び出し、電話の受話器を鷲づかみにして出てやった。

「もしもし。あー、キシですが」

 声は岸先生だが、心は貴志道郎。だから名乗るときの声が変なアクセントになった。だが、訂正するほどでもあるまい。相手の反応を待った。

「……もしもし?」

 無反応のままの電話口に、私はまた呼び掛けた。切れていないことは分かる。わずかだが、呼吸のような音が聞こえる。いたずら電話か? だけど、声で男だと分かっただろうに。

 もう一度、今度は「どちら様ですか」と言おうとした矢先、電話はがちゃりと切られた。

「な……何なんだよっ」

 つい声を張り上げたが、アパートにいるんだと思い出して、口を覆う。握ったままの受話器を戻し、深呼吸をして落ち着く。

 間違い電話だったんだろうか。

 番号を間違えていたことに気付かぬままリダイヤル、そのまま三度目につながって、間違いに気付いたというパターンは割にありがちだとは思う。

 ただ、変な呼吸音と妙な間が引っ掛かるが。女性に掛けたつもりで「スー、ハー」やりたかったのなら、気付いた時点でさっさと切ればいい。実際はそうしなかったし、呼吸も違った。

 あれはどちらかというと……驚いた感じだ。息を飲むってやつ。驚いて、しばらく唖然として、それから思い出したように受話器を戻した。こういう流れを思い描けばぴたりとはまるじゃないか。

 でも、何に驚いたんだ? 私の声は岸先生の声なのだから、別人と思うはずがないし。勘付くとしても、もっと長く喋って、用いる語句の違いとか相手との距離感といった要素に違和感を抱いてからだろう。「もしもし。あー、キシですが」という短いフレーズだけで、別人だと決め付けられるわけがないのだ。

 ちょっとした引っ掛かりを残したまま、この夜は寝直して終わった。

 それから日曜になり、意外とすっきりした目覚めで朝を迎えた。洗面に朝食と、平日とほぼ変わりのない過ごし方だが、のんびりはしている。その心の余裕からか、これまですっかり忘れていたことを思い出した。生ゴミや可燃ゴミが徐々に溜まっているのだ。

 ゴミ出しの曜日が定められているはずだが、いつなんだろう。市の配布物でもないか、さして広くない部屋をしばらく探し回って、流し台の頭上の棚にゴミ出しカレンダーが貼り付けてあるのを見付ける。ここの地区は、生ゴミも可燃の一種か。ただしプラスチックと紙と金属はそれぞれ専用の袋に分別。そして可燃ゴミは月曜と木曜、それ以外は水曜に収集すると。理解したので、明日月曜の朝に出す分を集めておくかと、作業を始めた。

 円柱のフォルムをした黄緑色のゴミ箱を、ゴミ袋の中でひっくり返し。ぽんぽんと底を叩く。そのとき、何かが目に留まった。

「テストの切れ端?」

 見たまんまを声にした。7センチ×3センチぐらいのしわくちゃの紙切れで、算数か国語か、四角い升が四つ印刷されている。文字もほんの少し、部分的に残っているが、簡単には読み取れそうにない。もちろん、私には覚えのないゴミであり、多分、岸先生が捨てたんだろう。

 私は、これが気になった理由を理解した。テスト用紙が捨ててあると感じたからではなく、この切れ端が用紙の中程からちぎり取られたように思えたからだ。普通、何かのアクシデントでテスト用紙が破けたのなら、真っ直ぐな縁がどこかに残るものだろう。だが、今し方見付けた紙にはそれがない用紙の中程を握って、もぎ取ったような印象を受ける。

 くじ引きにでも使ったかなと、一瞬考えた。紙に数字か何を書いて丸めた物をたくさん作り、それらを中の見えない箱に入れて、手を突っ込んで引けるようにすればくじ引きの箱になるだろう。何のためかは知らないが、これだとしたら、見付けた紙切れの裏に何か書いてあるはず。


 つづく

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