第43話 保護者心理を読み違えぬように
それにしても、悪目立ちしないようにとは、ちょっと困った。
誤解を解くのは一つの目的ではあるが、元はといえば、天瀬の身に危機が迫っている可能性を考え、信頼回復を図った上で、教師として大人として注意を喚起するためだ。
プールの施設がどこにあるか知らないが、事態が事態だけにそこへ足を運ぶことも考えないではなかった。が、やはり、やり過ぎでうっとうしがられるだけだろうから、これはなし。
極論すれば、休みの日に、学校の先生が一児童の家を何度も訪ねるのだって、第三者の目には変に映るかもしれない。少なくともえこひいきしていると受け取られる恐れはある。これを悪目立ちとするのであれば、今後おいそれと天瀬家を訪れることもままならなくなってしまった。
季子さんが言った。
「娘は昼前には帰って来ますけれども」
話の流れからして、その頃にまたおいでくださいという意味ではないみたいだ。語尾のアクセントが、壁を感じさせる。要するに、学校のことは学校でやってください、かな? 100パーセントの確証があるものではないが、多分そうだ。となると、今の私にできることは……予防線を張ろう。
「それではこの件は、週明けに学校でまた話すとします。あと、話は全然換わりますが、近隣の小中学校で不審者が出た、見掛けたというような声を時折聞きます」
「そうでしたの?」
季子さんが知らなくて当然。私の口から出任せだ。「時折聞く」と表現したのだから、今現在の話でなくてもいいはず、だよな?
「お子さんにはくれぐれも知らない人には着いていかないよう、声を掛けられても相手にしないように言い含めておいてもらえますか」
頭を下げてお願いする。現実問題として、私が二十四時間ずっと見張るなんて無理なのだから、家庭での指導を徹底してもらうほかない。
季子さんは「普段からそうしています」と、やや不服そうな表情を覗かせたものの、最終的には笑顔で聞き入れてくれた。
「ちなみ今日の美穂さんは、友達と?」
「はい。クラスの友達と一緒に行きましたわ」
友達と一緒に行動しているのなら、まあ大丈夫だろう。
とりあえずの安堵を得て、私は引き返すことにした。
土曜の夜から翌日の日曜に掛けて、ちょっと変なことがあった。
「あった」と言うには頼りない、漠然としたものなので、それぞれつながりがあるのかどうかも分からないのだが、気になるので記録しておこう――。
まず土曜日の夜六時過ぎ。ちょっと早かったが、風呂に入っていた。前段階として、こっちの時代に来てからまだ一度もアルコールの類を口にしていなかったと思い当たり、飲んでみたくなった。そこで夕方、買いに出掛けて、すぐに戻って来た。晩酌の前に入浴を済ませておかないと、面倒くさくなって入らないことが多い質なので、先にひとっ風呂浴びたという次第だ。
頭髪を洗い流している最中に固定電話が鳴ったような気がして、動きを止める。耳を澄ましつつ戸を開けると、やはり鳴っていた。なるべく急いで風呂を出て、電話の前に行こうとしたときには切れてしまった。
ナンバーディスプレイ機能も留守電機能も付いていない、何の変哲もない電話だ。誰から掛かってきたのか分からない。まあ大事な用ならまた掛かってくるだろう。でも岸先生の身内からとかだったら困るな、電話の向こうの相手にもやもやデータは使えないだろうし……などと思いながら、風呂に戻って急ぎ気味に済ませた。
上がって一息つき、食事の準備が整ったが、電話は鳴らない。もう待てないと、ビール(発泡酒)を開けた。
飲み食いが終わって、食器の類を流し台に運んだところで、いつも以上にアルコールが効いてくるのが分かった。久しぶりに飲んだせいか、それとももしかすると岸先生の体質がアルコール飲料に弱くて、その影響が私にも及んだのか。とにかく、これはいけないと布団を敷き、横になった。
そして灯りを点けたまま、天瀬のことを考えて――月曜日にどう話そうか――いる内に、眠気に負けてしまった。
次に意識が戻ったのは、電話の音を聞いたから。早く出ようと身体を急に動かしたせいだろう、足がつった。情けない。無理にけんけんをして進み、前方に転ぶような勢いで電話に出たときにはまた切れていた。この時点では足の痛さも加わって、ただただ腹立たしいだけだった。
つづく
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