第42話 お義母さん(今はまだ違う)

 こんな風に改めて尋ねてくるということは、もっと具体的に詳しく話してくださいとの要求に等しい。やはり、曖昧には済ませられないか。

「……実は」

 ここに来て迷いが生じていたけれども、分かってもらえると信じて話す。クラブ授業として靴下脱がしレスリングを行ったこと、児童の中にレスリング経験ありの子がいて、天瀬美穂を相手に“遊んだ”こと、そして天瀬がこれを私が仕組んだと誤解していること。

「――これだけですか?」

「はい」

 雪島の動機以外は、全て包み隠さず話したぞ。

「何だ、そんなことでしたか」

 季子さんは右手を胸元に当て、安堵のポーズを見せた。

「もっと大ごとかと思って、どきどきしていましたのよ。先生がとても深刻な顔をなさっていたから」

 早くも笑みさえ覗かせている。こちらとしては拍子抜けだが、まあ、この反応はありがたい。

「それを説明しにいらしたんですか。かえって申し訳なくなるわ。私の方から言っておきます」

「あ、いや、やはり直接」

「あの子ったら、岸先生がそんなことするわけがないのに。どうせ、恥ずかしい思いをして、誰かに気持ちをぶつけなくちゃいられなくなったんでしょう。そういえば、あの男の子も同じクラブのはず。えっと長谷井君、昨日も参加してましたでしょ?」

「え、ええ」

「じゃあ、その子の前で恥ずかしい思いをしたからだわ」

 分かるようで分からん理屈だな……。誰かのせいにしたいのなら、対戦相手に直接ぶつければいいではないか。実際、雪島は嫉妬から天瀬にあんな行為に及んだようだし。何でとばっちりが教師の方に来るんだろう。

「美穂の相手をした子は、同じクラスではありませんか?」

「え」

 予想していない質問がいきなり来て、多少戸惑った。数秒考えて、昨日のやり取りを思い出す。

「今は同じクラスではありませんが、四年生のときまでは一緒だったみたいです」

「そうですか。だったら今も友達なんでしょう。あの子、友達のことは悪く言わないように、思わないようにしていますから」

「……」

 つまり、雪島を悪く思いたくないがために、こっちに感情をぶつけてきたわけか。何か複雑だ。私が同じ年齢の頃、そこまで考えて友達付き合いしていただろうか。ましてや、違うクラスになった、恋敵かもしれない同性と。

 ただ、だからといって、天瀬が私のことを誤解していないとは言い切れないわけで。天瀬は本気で私が雪島をそそのかしたと思っている可能性、ゼロではない。

「私が来たことは内緒にしておいてくれませんか。やはり、直に話して伝えたいと思うんです」

「かまいませんよ。先生のお気持ちを尊重します」

 そこで一旦言葉を句切り、季子さんはにっこり微笑んだ。

「ただし、変にこじらせて、美穂が傷ついたり悪目立ちしたりしないように、お願いしますね」

 釘を刺されてしまった。季子さんの笑顔がちょっと怖く映った。

「――それはもちろん。当然です」

 どうにかそう応じることができたものの、身体の内では心臓がバクバク言っている。

 未来のお義母さんとうまくやっていくのって、私がのほほんと想像していたよりも、ずっと大変なのかもしれないな。脳裏のスクリーンに苦労するビジョンが描けた。


 つづく

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