第41話 思惑違い色々と
出掛ける際に、お隣の脇田さんとちょうど出くわし、「あら、デート?」と微笑まれた。休日の朝にぱりっとした格好で出掛けるのだから、勘違いされてもやむを得ない。否定するのも面倒だし、あながち間違いでもない気がしたので、曖昧に首肯しておいた。
歩きで向かったのだが、思っていたよりも早く着きそうな気配だ。状況が状況だけに、気が急いているようだ。約束したわけではないのだから、多少早く着こうがかまわないのだが。
歩くスピードを微調整しながら進んだ結果、三分ほど早めに着きそうだ。天気は曇りがちなのに、額に汗をかいている。
住所番地は分かっているが、念のため表札をちらちら見ながら、その区画の通りを奥へと進んだ。右手の三軒目。「天瀬」と書かれた物を確認。
天瀬の家は住宅街の中の一軒家で、外見は日本家屋だが中は洋間の方が多いというよくあるタイプだと思う。
思うというのは、私が訪ねたことがあるのはこの家ではないため。何年後か知らないけれども、引っ越すわけか。見たところ、この一帯は似通った家が建ち並んでおり、塀や門扉はどこも見当たらない。社宅かもしれない。
私は深呼吸をしてから、玄関に近づいていった。シンプルな呼び鈴を押す。
玄関ドアにはほぼ目の高さに、小さなレンズがついている。来訪者を誰何するための覗き窓を意識して、私は表情をより引き締めた。
扉越しに「はいはい。あら」というつぶやきがかすかに聞こえ、直後にドアが開けられた。
「まあ、先生。まさか今日、学校があるとかではないですよね、何かあったんですか」
物凄く親しげに話しかけてきた。顔も目をいっぱいに開いて驚いてはいるが、朝の訪問を嫌がっている風ではない。
「朝早くからぶしつけな訪問、すみません。昨日のクラブ活動で、お嬢さん――天瀬美穂さんに不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「え? そうだったんですか」
さすがに、やや険しい顔つきになる季子さん。眉間に浅いしわを作って、「どういうことなのでしょう。娘は何も言ってませんでしたが。塞ぎ込んでいる様子も特にはなかったですし」と、早口で聞き返してくる。
「はい、ちょっとした行き違いで、誤解をさせてしまったようでして。最初は、時間が解決するだろうと構えていたのですが、これから進路の相談などもあることを思うと、児童と担任との信頼関係はできる限り速やかに修復しておいたほうがよい。そのために、きっかけになった誤解を解いておこうと」
「まあ、わざわざ休みの日に。どうせうちの娘が色気づいて、大人ぶった挙げ句に、勝手に悲劇のヒロインを気取っているだけではないですか」
実の母親にしては、ずいぶんな言い様……いや、母親だからこそのコメントかもしれない。
「いえ、まあ、恥ずかしい思いをさせてしまったということです」
説明がやはり難しい。こうなったら、早く天瀬に出てきてもらって、直接誤解を解こう。
「それで美穂さんは」
「実は留守なんです。スポーツセンターの屋内プールに、朝早くから遊びに行ったんですよ」
「あ、そうでしたか」
拍子抜けの肩すかしとは、まさにこのこと。気負っていた分、膝がかくんとなって体勢がほんのちょっと崩れたほど。
「岸先生。昨日のクラブ活動で美穂に何があったんです?」
つづく
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