第40話 きし違いの勘違い

 悪夢から覚めた。三文芝居のように、布団の中からがばっと起き上がった。息は軽くだが乱れ、身体全体が汗でじわりと湿っている。時計を見ると、朝の四時過ぎ。

 私は片手で頭を抱え、今し方見た夢の内容を思い起こし、しっかり記憶した。夢占いの趣味はないし、信じてもいないが、現在は違う。どんなに不思議で超常的な出来事が起ころうと、肯定から入らなければなるまい。

 解釈の一つとして考えられるのは、さっきの夢は別れの暗示だ。

 私がこの時代に来て、天瀬に嫌われた。このことが未来にも影響を及ぼして、彼女は私の婚約者ではなくなった。小学生の天瀬は今後別の男――黒い人影――と知り合って、一緒になる。婚約者としての天瀬は存在しなくなる、イコール動かなくなった。

 これで一応、説明は付く。私にとって悲劇的な運命だが……頭に浮かんでいるもう一つの解釈に比べたら、まだましだ。

 別の解釈としては、別れと一口に言っても色々ある。永遠の別れだ。黒い人影は悪党で、小学生の天瀬はそいつの犠牲になる。子供の頃の天瀬が命を落とすと、当然、大人の天瀬も命を落とし、動かなくなる。私にとってより悪い、最悪と言っていいシナリオである。

 他の解釈もできるかもしれないが、今はとりあえず、この二つに絞って検討してみよう。可能性としては後者の方が高そうに感じている。

 何故なら、前者は論法に少し誤魔化しがあるから。再三記しているように、今日というか昨日のクラブ活動で、天瀬が嫌ったのは私ではなく岸先生である。このことが未来に何らの影響を及ぼす可能性はあるとしても、私自身が嫌われていないのに、私と天瀬の婚約がなかったルートになる、というのは牽強付会ってやつではないかと思う。まさか天瀬が、岸先生と名前の読みが一致するという理由で、私との婚約に至ったとは考えられない。

 一方、後者の解釈なら、あの不穏な言葉の意味が理解できる。この十五年前の世界に飛ばされる直前に聞いた、「天瀬美穂を助けて」という声だ。黒い人影の起こす犯罪の犠牲になる運命から小学生時代の天瀬を助ける、これが私に課された使命ということになる。

 時間の前後関係がおかしいし、何がきっかけであんな夢を見せられたのかも分からないが、全てに合理的な説明を付けるのはひとまずあきらめている。これも何度も言っていることだが、タイムスリップしていること自体、合理的な説明は付けられないのだから。

 この解釈で当たっているとして、どうやったら助けられるんだろう。四六時中張り付いて警護するのか? かえって私の方が不審者扱いされそうだ。

 天瀬に、「知らない人に着いて行っちゃだめだぞ」と口すっぱく言えばいいのか? そのためには天瀬と仲直りしないといけない。――ああっ、こういうことかもしれない。昨日の出来事のおかげで教員全てに反発心を抱いた天瀬は、声を掛けてきた犯罪者に、敢えて着いて行き、被害に遭う。これなら筋が通る。このタイミングで夢のお告げが示されたのも辻褄が合う。私のせいで天瀬が窮地に陥る危険が高まったに違いない。

 ということはつまり、一刻も早く彼女の誤解を解かねばならない!

 私は今日、土曜日を天瀬との仲直りに費そうと決めた。


 天瀬家の住所ならとうに把握済みだ。アパートから歩いてでも行ける。時間帯は九時でいいか。それから、前もって電話でアポイントを取るかどうかだが、天瀬に拒まれては元も子もないので、ここは失礼を承知でアポなしで行こう。

 学校のことで急遽、家庭訪問の必要が生じたとでも言えば通る……かもしれないが、あとになって嘘がばれたら、ややこしい話になる恐れが強い。立場の濫用とか、一児童のみに立ち入りすぎとか。やはり、訪問理由は正直に明かすべきだろう。

 正直に……何て言おう? 訪問すれば、少なくとも天瀬の母親は間違いなく関わってくる。天瀬季子ときこさんと言って、優しい雰囲気の人だ。十五年後、いや、十四年後だったかな、結婚関係で挨拶に行ったとき、私の応援に回ってくれたぐらいだし、好意的に迎え入れてくれるはず。

 あっ。いやいや、勘違いするな。今の私のなりは岸先生なんだぞ。十数年未来のことを参考にはできない。でも、引っ越しの手伝いをしてもらったんだったよな、岸先生。少なくとも“悪くは思われていない”レベルどころではない、好感を持たれているはず。

 考えている内に時間がどんどん経過。こうなったら、ちょっと早いが朝風呂につかりながら、頭の中を整理だ。


 つづく

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